「死んだらみんな一緒? だからなにをやっても意味がない? そう決めつけてるのは潮見でしょ!? なんですべてをあきらめて生きていかなきゃいけないのよ!」
 牧瀬の長い髪が、こちらに向かって流れている。こんなにも感情的な彼女を見たのはいつ以来だろう。厳しい眼差しも叱りつける声も、いつか聞いたことがあるはずなのに、随分薄ぼんやりとした記憶でしか思い出せない。
 それほどまでに俺と彼女の関係は、幼馴染とも軽々しく言えないほど希薄なものになってしまった。
 激しい雨が痛かった。そして、俺の身体に打ちつけるたびに思い知った。
 生きるって難しい。単純なのに簡単じゃない。こんなにももどかしくて、苦しい気持ちになる。
「もしもあんたが今から死ぬってんなら絶対に止めてやる! 止めて、さっきの言葉を全部全部撤回してやる!! それでも無理なら私も一緒に死んで、あの世であんたを死ぬほど後悔させてやるわ!!」
 降り頻る雨と共に浴びせられた言葉の数々に耳が痛かった。心が、痛かった。
 なにも言えないでいる俺の胸倉を牧瀬は構わず掴み上げ、再び頬を叩く。ひりひりと肌が火傷しそうなほど熱を持っていた。
 揺れた視界の先には、悔しそうにこちらを見下ろす顔があった。いつもは表情が乏しいくせに、眉間にシワを寄せて唇を思いきり噛んで、お世辞にも綺麗とは言いがたい人間らしい顔で俺を睨みつけている。
 衝撃と勢いと迫力と。いろんな驚きが混ざってしまい、俺はやっぱりうまく声が出なかった。
 ぱたぱたと水滴が頬に落ちる。曇天の空の下、大雨に打たれながら膠着状態が続いた。
「まき、せ」
 やっと口にした彼女の名前は、背中を打ちつけて出しづらくなった声のせいでかすれていた。
「お前は……俺が死んだら悲しいのかよ」
 雨音でかき消されてしまいそうな俺の問いに、彼女は迷わずこう答えた。
「当たり前でしょ。死ぬほど悲しい」
 破綻するように崩したその表情があまりに印象的で、思わず目を見張った。彼女の頬に伝うそれが雨なのか涙なのか、俺には判断できなかった。
 胸の奥が熱い。どうしようもない感情があふれ出てしまいそうだった。
「ねえ、潮見。生きる意味がわからないなら――」
 そういえば、こんな場面が前にもあったような気がする。
「私のために、生きてよ」
 いろんな感情を抑え込んで無理に作った彼女の笑顔はあまりにも不器用で拙くて、今にも壊れそうなほど繊細で、俺はなにも言い返せない。ただ牧瀬の大きな目に映された俺はどうしようもなく頼りなくて、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
 ああ、俺は……。
「……わか、ったよ」
 俺は、こんな悲しい笑顔を彼女に作ってほしかったわけじゃないんだ。
「残りの時間、牧瀬のために使ってみる」
 それからしばらく、俺たちの間に会話はなかった。ひたすら夏の雨を浴びながら、日没までのわずかな時間を過ごした。

 家に帰ってから、俺はしばらく制服のまま自分の机の前で悩んでいた。勢いあまって牧瀬のために使うと宣言したものの、どう使えばいいのか見当もつかない。
 一応記録ということで、日記をつけてみることにした。今までなにかを続けたことはなかったけど、七日間ならどうにか続けられそうだ。
 とはいえ携帯に慣れ、こうして考えながら文字を手で綴る作業をなかなかしなくなったので、なにから書き始めたらいいのかわからない。授業でノートを取る感覚とはまた別だった。
 それでもせっかくの機会だからとペンを突き立てる。一日を改めて文にするのはなかなか難しいことだと思った。