そう、例えばの話。
自分がもしここで、今後の予定にない突発的な行動を取ったら、世の中はどう動くのだろうか。
スクランブル交差点を行き交う車や電車の前に飛び出したり、高層ビルの屋上から大袈裟に飛んでみたり、水中でずっと息を止めてみたり、やれるかもしれないけど誰もがやらないような事を敢えてやってみたらどうなるのだろう。
なんて。そんなことをたまの暇潰しに考えたりする。
今がまさにそのときだ。乗り換えの電車を待ち、なんとなく見ていた動画サイトを眺めることすら億劫となり、暇を持て余していた。
欠伸を噛み殺して、涙目でホームを眺める。晴れた空に白い鳥が優雅に飛んでいるのが見えた。そんな綺麗な景色が、私にとっては憎たらしく映る。
背中に誰かの鞄がぶつかった。振り返ると、他人の事に目もくれず、人の列へと割り込むようにエスカレーターに乗るサラリーマンが見えた。
そしてその後ろを、若者がスマホを見ながらふらふらと危なげに歩いている。足元ばかりを見つめて、顔などこれっぽっちも上げずに進んでいく。
この世の中、誰しも自分本位に生きていると切々に思う。
「くっだらな……」
呟くように口から零す。前を向いて、思うことはひとつだ。
だけど誰がどう生きているかなんてどうでもいい。私自身も含めて。
生きるって、本当につまらない。
肩にかけているよれたスクールバックを持ち直し、ふと視線を左に向ける。黄色の誘導用ブロックの外側には、震えた手で杖をつくおじいちゃんが歩いていた。
外側を歩くなんて危ないな。そんな事をぼんやりと思い、またひとつ欠伸をした。
特別快速がもうすぐこの駅を通過するとアナウンスが告げる。
今のアナウンスが聞こえていなかったのだろうか。おじいちゃんに視線を戻すと、疑いたくなるほどゆったりとした動作で未だその身体はホームのギリギリを歩いていた。
瞬間、背中から押すような突風が吹き付け、髪の毛が乱れるように前に流れた。
不自然なほど強い風に、おじいちゃんの体がホームの方に倒れていく。
ちょっと待って、嘘でしょ。
咄嗟に身体を動かし、おじいちゃんに向かって手を伸ばす。誰がどう生きようと死のうと関係ない。くだらない世の中だとは思っていたけど、他人が目の前で死ぬのは寝覚めが悪い。
けれどおじいちゃんの身体を支えようとしたとき、彼は思いのほか頑丈な足でその場に踏みとどまった。
そのせいで私はバランスを崩し、足が思いっきりもつれてしまう。
慣れない人助けなんかするんじゃなかった。このままでは転んでしまう。
最悪だ。恥ずかしい。
どこかゆっくりと進む景色の中でそんな事を思っていた。そのとき、
「げっ」
なんだか不愉快な声が聞こえて、私は目だけを動かしその声の主を探した。
私の頭より少し斜め上、実際なら声が聞こえるなんてあり得ないところに〝それ〟はいた。
「やっちまった」
〝それ〟は、いや〝そいつ〟の姿は、自分が置かれている状況を理解するよりも早く私の目に飛び込んだ。
「へっ」
一見人間のようだけど、角のような突起物が頭にふたつ。しゅるりと揺れた黒く細い――尻尾?。
幽霊とも言いがたい、一言でいえば、悪魔のような様相をした男の手が私の肩を押していた。
ホームになだれるように身体が投げ出される。レールのこすれる音がする。電車の警笛の音は止まない。
驚くほどなだらかな景色が目に映る中、私の頭の中にはちっぽけな走馬灯が流れた。
へんに片付いた小綺麗な家やうるさいだけの教室、取り繕ったような食卓に体裁だけを気にした人間関係、それから――。
深みも何もない薄っぺらい人生だったはずなのに、思い浮かぶことは割とあるんだな。他人事のように思っていると、ホームに電車が滑り込んでくるのが見えた。
あ、死ぬ。