部長は私を甘やかしすぎです!



「若宮さん、いや雫ちゃん?」

「はい、部長」

雫は振り向いた。

「今は仕事中じゃないから部長って呼ばなくていいよ」

「でも……」

「いいから(笑)ねえ、雫ちゃんは彼氏いるの?」

「いえ、大学とスーパーの往復でそんな暇ないです」

「俺、昨日雫ちゃんと話していてすごく楽しかったんだよね。また会ってくれないかな?」



雫はびっくりして目を大きく開く

「わ、私なんか普通の学生で部長は、あっすみません。真中さんは大人で私は子供であっ、子供って言っても一応成人してますけどあれ?私何言ってるんでしょう」

「(笑)昨日は話をしたくて個室にしただけで俺だって普通だよ。本当に今度また食事に付き合って欲しいな」


「えっ!」

「そんな驚くこと?」

「だって、私そんなこと言われたことないですし、真中さんみたいに格好いい人が彼女いないわけないじゃないですか?彼女さんに悪いですよ」

「今は彼女いないから家に運んだんだよ。いたらどこかホテルをとるよ」

「こんな地味な私が……」

「全然地味じゃないよ。お客さんと話している雫ちゃんの笑顔は素敵だよ。それに素の俺に気付いてくれたのもうれしかったよ。昨日の時間なんて全然足りない」

「私のことからかってませんか?」

「どうしたら信じてくれるのかな?」

「どうしたらって……私に教えてください。私もわかりません!」



「ぷっ、雫ちゃんおかしいなー(笑)教えてあげたいけど、俺の言うことを信じてくれたらわかるかもだよ。ヤバい雫ちゃんのびっくりした顔ツボった(笑)ハハッ笑いすぎて腹痛てっ」


(笑うと子供みたい)

「ふふっ、わかりました。真中さんのこと信じます」

「本当?あー、苦しい」

お腹を押さえて笑う

「真中さん、笑い上戸ですか?」

「んーどうだろ?でもこんなに笑ったのは久しぶりかも……仕事の時には素で笑うことはできないから(笑)」

竜二はまだ笑っていた。どうやら本当にツボにはまったようだ


(そっか、立場上……若くして部長なんて皆から色々言われて大変だろうな)


「笑ったらお腹すいたな。やっぱり何か食べに行こうよ」

「何か食材あれば私作りますよ?」

「雫ちゃん、料理できるの?」

「はい、自炊してます」

「すごいなー、俺何もできないから食材はないかなー」

「でも男の一人暮らしはそんなものかもです。夕方お弁当と次の日の朝のパンを買って帰る人沢山いますからね」

「そうだろ?」

「はい、女性も多いです」



竜二は背広に着替え始める

「モーニング食べに行こう。食べたら送るよ」

「はい、すみません」



喫茶店

「こんなにゆっくりした朝は久しぶりだな」

「真中さんはいつがお休みなんですか?」

「店舗じゃないから基本土、日が休みだけど呼び出されることも多いから電話があったら仕事に行くよ」

「えっ、そうなんですか?」

「何かトラブルがあったときは一応店長が対応するけど話を聞きに行くよ、報告することになってるからね」

「大変ですね」

「まあ、仕事だからね(笑)」

「事後報告じゃいけないんですか?」

「そういう時もあるよ、だけど行けるときは行くようにしてる、店長は気が気じゃないだろ?」

「ゆっくり休んでくださいね。」

「ありがとう、きっと雫ちゃんと会ってるときは今動けないんで明日聞きます!って言っちゃうかも(笑)」



「真中さんが休めるのならいつでも呼んでください(笑)」

「嬉しいな、そんなこと言われたら仕事行く気なくなっちゃうよ」

「(笑)あくまでもお休みの日だけの話ですよ?」

「わかった。でも雫ちゃんも毎日バイト入ってるから無理しないでね」

「私は土、日の昼は休みですから」

「じゃあ、土、日の昼に会えるんだね?」

「基本そうですかね、昨日みたいに仕事終わってから二時間くらいなら食事できますけど昨日みたいに飲み過ぎないようにします」

雫は反省していた

「酔った雫ちゃんも可愛いし呑んでもいいよ」




楽しいお喋りをしながらモーニングを食べ終える


「そろそろ出ようか?送るよ」

「はい、あっお金出します。昨日奢ってもらったので」

鞄から財布を出すと竜二が止める

「君はまだ学生なんだから俺が出すよ」

「でも……」

「今度さぁ、手料理ごちそうしてね(笑)」

「はい、ごちそうさまでした」





車で雫をアパートに送る

「また、連絡するね」

「はい」



その後連絡がこないまま一ヶ月が過ぎた





雫の部屋

「遊びだったのかな……」

携帯を眺める

(あれから電話もメールもこない……忙しい人だということもわかってる……けど真中さんのこと信じていいんだよね。お話するの楽しかったしこの間のことは夢ではないよね……)



金曜日に竜二からやっとメールが入る


‘ごめんね、中々連絡できなくて、明日の昼にランチでもどうかな?’


雫はすぐに返信する


‘はい、大丈夫です’

‘じゃあ迎えに行くよ、家出る時にもう一度連絡入れるね’

‘はい’
(やっときた、嬉しい)


雫は携帯を何度も読み返していた




次の日の昼、おしゃれなカフェ

「三沢店の後の二店舗がなかなか個人面接が終わらなくてね、勤務体制がバラバラだし土日だけ出勤の人とかいてずっと休みがとれなかったんだ」

「えっ、じゃあ一ヶ月お休みしてないってことじゃないですか」

「あー、まあでも間が三時間あいたり、午前で終わったりだけど雫ちゃんを誘ってて時間推してキャンセルするのも嫌だったから連絡できなかった。ごめんね」


竜二はそう言うと食事を口に運ぶ


「顔色よくないですよ?寝てたほうがよかったんじゃないですか?」

「んーでも雫ちゃんに会ったほうが元気になるような気がして……ゴホン」

「連絡なかったからやっぱりからかわれたのかと思ってました」

「ごめん、連絡したら会いたくなっちゃうから……心配だったよね?」

「いえ、仕事なら仕方ないです」



(真中さんは大人だ。ちゃんと仕事とプライベート分けてる。メールだけでもって思ってた私はまだまだ子供だ。それに真中さんが仕事終わった時間に私はバイトしてるんだから真中さんも気をつかっていたのかも……)


二人は食事を終えて店を出た

「これからどうする?」

「あっ、私バイトの前に少し用事があるんです。真中さん今日は帰ってゆっくり寝てください」

「わかった、じゃあゆっくりさせてもらうよ」

(しんどそうだもんね)



竜二は雫をアパートまで送っていく


「ごちそうさまでした」

「じゃあまた」

「はい」



竜二は次の約束もしないまま帰っていった

雫はバイト先に行く



サクラスーパー三沢店

「あれ、若ちゃん、今日は先に買い物するの?」

レジに行くとパートさんに話しかけられた

「はい、お疲れ様です、調味料とかなくなってきたんで、今日は先に買って一度片付けてからまた来ます。」



(今日、真中さん咳してた。風邪ひいてる、時々喉おさえてたし、明日電話してみよう。あの部屋、何もなかったから、あっ、一つお鍋買っておこう)

雫はたくさん買い物をして荷物を一度家へ運ぶ




日曜日の朝

雫は携帯を見ていた

(寝てたらごめんなさい!えいっ)

竜二に初めて電話をかける

「は……い」

「真中さん、声変わってます」

「ああ、ごめんね」

「風邪ひいてますよね?昨日咳もしてたし喉も押さえてたから気になって……」

「ふっ、さすがよく見てるね。コホッ」

「熱でましたか?」

「んー多分?」

「多分て何ですか?」

「体温計がないから……でも頭痛がするから出てると思う」

「何も食べてないんでしょ?」

「……」



「真中さん?返事して下さい」

「うん」

「今から何か作りに行きますから」

「えっ、雫ちゃんに風邪がうつるよ」

「大丈夫です。若いんで(笑)」

「ごめん」

「待ってて下さいね」




竜二のマンションに着く


(えーと、何号室だったっけ?)

竜二に電話する

「はい」

「すみません部屋番号忘れました」

「七0五号だよ。開けるね」


雫はエントランスに入り部屋の前でボタンを押す

竜二がドアを開けてくれた

「大丈夫ですか?」

「じゃないね、ゴホン、ゴホン!」



「とりあえずベッドへ」

「すごい荷物だね?」

「だって、この間来たとき何もなかったじゃないですか、鍋ないと料理できないし、調味料もないし、昨日咳しててしんどそうだったから今日は怪しいと思ってました。食べないと治りませんよ(笑)」

「午前中寝てみて何か買いに行こうかと思ってたんだよ、雫ちゃんに先を越されたな(笑)」


雫は竜二のおでこに手をあてる


「熱ありますよ。ダイニング借りますね。あっとこれまず飲んで下さい。水分補給です。」

「ありがとう」



ペットボトルを受け取った竜二は一気に一本飲み干し雫に寝室に追いやられベッドに横になる


「ふぅ、参ったな。可愛いすぎだろ」



寝室のドアが開く

「真中さん、卵粥と普通のお粥どっちがいいですか?」

「卵」

「はい、すぐできますからね」


しばらくして雫が卵粥を運んできた


「出来ましたよ。起きれますか?」

「うん」

体を起こす

「熱いので気をつけて下さいね。あと薬は何がいいのかわからないので今から買ってきます。いつも飲んでるのとかありますか?」

「いや、何でもいいよ。熱が下がれば」

「わかりました。じゃあ行ってきます。ゆっくり食べててください。」




雫は部屋を出て買い物に出掛けた

ゆっくり冷まして粥を口に運ぶ


(うまい!はあ、疲れがでたのかな)


ピンポーン

竜二はエントランスを開けてドアの前で待つ

足音がして玄関を開けた

「おかえり」

「ただいまです」


ダイニングに食べた食器が置かれていた

「食べれました?」

「うん、美味しかったよ」

「じゃあ薬飲んで横になりましょうね」



買ってきた薬を開けて竜二に飲ます

「雫ちゃん、横にいて」

「はい」


竜二はベッドに入るとすぐ眠ってしまった



(ふふっ、可愛い)


竜二が眠りについたので雫はダイニングに戻り片付けを始める


(炊飯器がないんだよね。本当に家で料理しないんだな。パックのご飯持ってきて正解)

グゥと雫のお腹の音も鳴った

「もうお昼過ぎてる。私も食べなきゃ」

持ってきたうどんを食べ部屋の掃除、お風呂、トイレ、洗濯と家事をこなしていく

「洗濯物干すところがない。あっ」

お風呂を覗いた

「これが浴室乾燥かー、初めて見た。パンツとか靴下は?」



雫は洗濯機を見る

(乾燥ってボタンがある。でも勝手に押して壊したら大変、あとで聞こう)

リビングに本や服、ビールの缶やお弁当の容器にスーツも出しっぱなし

(あれから一ヶ月でこんなに散らかって……忙しかったんだろうな)


スーツを寝室に持っていきそっとクローゼットを開けてハンガーにかける

竜二の顔を見る

(熱……少しは下がったかな?)


そっとおでこに手をあてた

竜二が目をあける

「あっ、ごめんなさい。起こしちゃった。どうですか?」

「よかった。まだいた」

「はい、まだいました(笑)」

「薬が効いてきて少し楽になったよ」

「あの、洗濯したんですが下着とか靴下はどうされてますか?」

「乾燥機」

「使い方がわからなくて」

「電源入れて乾燥押してスタートで」

「わかりました」



雫は部屋から出ていきボタンを押してもどってくる

「ごめんね、洗濯までしてくれたんだ。家事させちゃって本当にごめん」

「そんなことないですよ。私家事好きなんです」

「いい子だね」

雫のほっぺたを優しく触る

「まだ熱いですよ」



雫は竜二の手を触って布団に戻す

「ちゃんとお休みとらないと体壊しますからね。せめて、土日のどちらかは休んでください」

「そうだね、仕事一段落したからこれからはゆっくり休むよ。雫ちゃんも何か食べた?」

「はい、うどん買ってきてたので食べましたよ。真中さんの分もありますよ。バイト行く前に作りますね」

「今日はお金使わせちゃったね」

「いえ、調味料とかこれから使うものばかりなので持って帰って使いますよ。大丈夫です」

「置いて帰ってもいいよ」

「でも、真中さん料理しないでしょ?」

「雫ちゃんが作りに来てくれれば」

「そんな、私の料理なんて、いつも美味しいもの食べてる真中さんのお口に合うかどうか」

「いつもなんて食べてないよ。俺だってスーパーやコンビニのもの買うよ。リビング見ただろ?今日のお粥美味しかった。もっと雫ちゃんの料理を食べたい」

「ありがとうございます。もう少し寝てください。四時すぎに起こしますから」

「退屈でしょ」

「大丈夫です。やること沢山あるので」

「わかった」


竜二が寝ている間、雫は家事をこなし時間になり寝室に行く

「真中さん、起きてください。おうどんできましたよ」

「うーん」

「体起こせますか?ダイニングで食べて欲しいんですけど」



竜二はゆっくり体を起こしてぼーっとする

「大丈夫ですか?」

「ん」

竜二は立ち上がり、ダイニングに行く



「あの、土鍋もどんぶりもないので鍋焼きうどんなんですけど皿うどんです(笑)寝室に運べなくて……」

少し深めの皿にうどんと具がはいっていた。

「熱いですからね」

「フーフー、ズルズル、ん!上手い」

「よかったです(笑)」

「部屋も片付けてくれたんだね。ありがとう」

「いえ、このくらい、食事のお礼ですよ」

「雫ちゃんは食べないの?」

「私はお昼過ぎに食べましたよ」

「夜は?」

「今日はお昼が遅かったのでバイトから帰ってから食べます」


「一緒に食べたかったな……食べる時に誰かいるってやっぱりいいよね」

「あの、真中さんはいつから一人暮らしを?」

「大学だよ。雫ちゃんと同じ大学」

「そうだったんですね。それで大学の近くなんですね」

「まあ、親の金だけどね」

「そうなんですか?」


「ごちそうさま、美味しかった!」

「はい、汗かきましたよね。着替え持ってきます」

リビングに畳んであった洗濯物の中から持ってくる

「あの、もう一度薬飲んでくださいね。あと熱ある間はお風呂駄目ですよ」

「わかった……雫ちゃん?」

「はい?」

「今度の土曜日会える?」

「あっ、はいわかりました。では、私はバイトあるのでこれで帰りますね」

「ありがとう」



雫は帰っていき竜二はベッドに横になった



(俺、今回マジかも……)



次の日竜二から‘復活したよ’とメールが入っていた

(よかった……)



土曜日、竜二のマンション

雫はバイトがある為竜二が車で迎えに行くのを断って自転車でマンションにやって来た

ピンポーン

「はい、下で待ってて」

「わかりました」



しばらくするとエントランスから竜二が出てきた。

ラフなTシャツにジャケット、ジーンズを履き現れた

「おはよう、早くなかった?」

「大丈夫です。真中さんこそ昨日は遅くなかったですか?」

「昨日は早く帰れたよ。買い物行こうか?」

「買い物ですか?」


二人は駐車場に向かう

「この間のと違う車……(また高そうな車)」

「あれは仕事用、仕事の帰りだっただろう?」

「はい」

雫は助手席を開けてもらい高級車に乗り込む




生活用品店に到着し駐車場に車を停めた


「家に何もないからさ、雫ちゃんと一緒に選ぼうと思って、実は部屋の模様替えがしたくてね」

「模様替え……」

「雫ちゃん、俺の部屋に来てどう思った?」



「どうって……」

「正直に言っていいよ」

「えーっと、黒が基調なので暗くて生活感のない部屋だなぁと」

「だよね(笑)まあ実際帰って寝て仕事に行くの繰り返しだったからさ、この間熱出した時に雫ちゃんがいてくれたのすごく嬉しかったんだよね」

「体調悪いと一人は不安ですよね」

「だよね、俺さ、もう少し明るい部屋にしたいんだよね」

「はあ」



竜二はシートベルトを外して雫の方を向く



「突然でびっくりするかもしれないけど……雫ちゃん!俺と一緒に住まない?」


雫はポカンとして竜二を見る


「雫ちゃん?」

「あっ、本当にびっくりしました」

「ごめん」

「一緒に住むとは同居ってことですか?」

「ううん、もう俺そんなに若くないから……こんなこと言うの恥ずかしいんだけど、同居じゃなくて同棲の方」

「同棲?」

「順番が逆だよね、まだ付き合ってないのに先に一緒にいたいことばっかり考えて、肝心な事言ってなかったもんね……」


竜二は雫の手を握った


「雫ちゃん、俺と付き合って欲しい!」

「わ、私ですか?」

「うん!」

「本当に私?でいいんですか?」

「雫ちゃんがいいんだよ」




「先週……熱出してしんどそうなの見て……ついていてあげたいって思いました……とても心配でした……」

雫は涙ぐんだ

「もう、無茶な仕事の仕方しないで下さい、ぐすっ」


涙を手でふく


「わかった。無理はしない。もう若くないと自覚したから(笑)」

「(笑)まだ二十代なのに若いですよ」

「じゃあ、買い物しよう」


竜二は雫の少し残った涙を指でぬぐって車から降りる




店内を見て回る

「あの、炊飯器が欲しいです。ご飯炊けません」

「(笑)そうだね、電化製品は帰りに買おう。別に俺は雫ちゃんを家政婦みたいにするつもりは全くないからね。ちゃんと俺も手伝うし、ただ少しでも一緒にいたいから同棲したいってことだからね」

「わかってます。でも料理は私の担当です!」

「まかせる(笑)急に引っ越しは無理だから徐々にね、生活スタイルもいきなり変えると疲れるし」

「はい」

「食器と鍋類から揃えていこうか?」

「はい、でも……お金かかりますよ?」

「お金のことは心配しなくて大丈夫、それなりに稼いでます。何でも欲しいもの買おう」

「大手スーパーの部長ですもんね(笑)」


竜二は雫の頭をひきよせる

雫は真っ赤になった


「あの、ここお店……」

「嬉しくて(笑)帰りにスーパーも寄ろうね」

「はい」



二人は生活用品をたくさん買って炊飯器を購入し、スーパーで食材を買って帰った