見られたと思った。しかし、もう羅生門に上がる前の善心は無くなっており、もう自分は死ぬ身なのだから、ワガママは許されると思ったからである。そしてその引き金を引かせたのは、倒れて禿げ上がったそこの女だった。だが、羅生門で死ぬと決めた手前、検非違使に引き渡されてはやり切れない、だから逃げようとした。しかし力関係は瞭然だった。腕を掴まれ、倒され、首筋に太刀を当てられ、何をしてたかを聞かれた。
聖柄なのを見ると、暇を出された下人だろうかと考えた。最初こそ驚いたものの心は不思議と冷然としていた。そうしているうちに、若い下人にこの女の過去を説明してやった。
だが、男は吃驚もせず、聞いた。長い間沈黙が続いた。先に口を開いたのは下人のほうであった。きっとそうか、そう言うと男は老婆に詰め寄りなら俺が引剥ぎをしようと恨むまいな、俺もそうしないと飢え死にする体なのだ。そう言うと老婆の胸ぐらを掴み女死体へ蹴倒した。下人なら、私を殺してくれるかもしれないという期待を寄せて足首を掴んだ、しかし男は逃げるように梯子を降りていき、息を整えるようにゆっくりと歩いていった。
永遠とも取れる長い時間死体の上にいた老婆が身を起こしたのは、自分の中で全てを決めた時であった。前に、もう羅生門を登る前にいた善心は無くなったと書いたが、無くなるどころでも無ければ死ぬ気さえ無くなっていた。その代わりに考えたのは、人に迷惑をかけ続け、誰に縋ってでも生き続けることであった。雨はもう止んでいた。