1人の老婆が羅生門の下で雨止みを待っていた。
何もかも絶望した老婆が宛もなく歩き続けた先が、この羅生門である。まるでこの老婆の心象を表すかのような空模様で、空が老婆の代わりに泣いているような雨だった。
いや、老婆にはもはや泣くような水分も残されていなかった。
というのも、老婆の夫だった男はとてつもない遊び人であり、ありとあらゆる事を老婆に押し付け、その末結核で死んだ。五日前の事である。残ったのはあの男が遺した借金だけであった。生前から金貸しが催促に来ていたが、男が死んだのを期に、取っ掛りが取れたようにストンと心の中が落ち着いた。
それから、四日としないうちに家を出て来た。
檜皮色の着物を着ただけであったのでさすがに寒さに耐えきれなくなり、上に上がることにした。雨が落ちる音がどこまでも響いていた。
息を切らしてやっとの思いで上がると、そこはとてつもなく異臭の溜まった死体置き場と化していた。噂には聞いていたがまさかここまでとは思っていなかった。蛆が湧き、骨が見え、中には内蔵が見えていた死体もあった。