「ええっ? 全然、普通でしたよっ」

「そうだな。
 俺は人間の百貨店でもあの親子に会ったことがあるが、狸なんだ。

 俺はもうこれなしでも見えるが、ほら」
と倫太郎は立ち上がり、壱花の後ろに回ると、あのキツネのお面をつけてくれた。

 倫太郎のものらしき香りがして、どきりとする。

 秘書だが、普段、こんなに近くまで彼が来ることはないからだ。

「まあ、いいから見てみろ」
と言って、倫太郎に手をつかまれた。

 今度は、どきりとする間もなく、外に連れて出られる。

 さっきの親子の後ろ姿が見えたが、そういえば、彼らの周囲が少しかすんでいるように見える。

「なにか輪郭がにじんで見えます」

「それをかけて何度か見てると、ハッキリ見えるようになるさ。
 あれは狸だ。

 実はそこここに人間でないものはいるんだ」
と言ったあとで、

「ま、うちの浪岡常務もある意味、狸だが……」
といつもやり込められている常務の名を出してくるので、笑ってしまった。