登校拒否になってからほぼ毎日通っている病院があった。
 疾患の重さは様々で、年齢層も広い精神病院だったけれど、学校に通えない子供が多く通院しているという点が、お父さんたちには良かったらしい。
――気楽にお友達を作って遊んでおいで。
 というのは義理のお母さんである咲子(しょうこ)さんの言葉。
「美朱ちゃん、何か必要なものある?」
「……あ、い、いいです。自分で持ってきてます」
 看護師さんにそう伝えると、パタンと部屋の扉が閉められる。
 咲子さんやお父さんに悪いと思いながらも、私はここへきて他の子と遊んだことは一度もない。学校に通えない子同士、気が合うこともあるのかもしれないけれど、私は駄目だった。
 人の視線の前に出ると体が竦んでしまう。話す以前に、逃げてしまう。
 それはカウンセリングを何回か受けた今でも変わっていない。だからこうして小部屋で大人しく、自分の趣味に浸っている。時々担当の日夏(ひなつ)先生とだけ話した。
 でも、気楽だった。学校に通っている頃よりは、ずっと気持ちが落ち着いていた。
 ぼんやりしていて気づかなかったけど、なんだか外が騒がしい。
 手を休めて顔を上げたら、入口の扉が内側に叩きつけられて潰れた。
「……え」
 さすがに無視はできなかった。私は立ち上がって後ずさる。
 開いた向こうの小部屋には、ノートやらテーブルやらがボロボロになって一面に散らばっていた。なんともいえない表情で固まっている日夏先生と、倒れている女の子と、彼女に慌てて駆け寄って助け起こしている看護師さん。
 小さく声を上げた。腕に擦り傷を作りながらも自分で起きあがった女の子は、私の知った顔だった。
 私が小学生の時、一緒のクラスだったあやめちゃん。今は泣きそうな顔でじっと前を見つめている。
 あやめちゃんの目は、困惑と悲しみで揺れていた。
 部屋の中心に、その男の子はいた。淡い茶色の細い髪は乱れて額に張りつき、東洋系の顔立ちなのに雪みたいな白い肌だった。
 水色の瞳が顔の中心で剣呑な色を湛えている。
(あおい)。あやめに当り散らすのはやめなさい」
 ため息混じりに日夏先生が言う。
「うるさい。じゃあこいつをどっかやれよ。大嫌いなんだよ!」
 あやめちゃんを指差して叫んだその子の不思議な瞳を、私はじっとみつめていた。