ぱらぱらと指の隙間から藍色の粉がこぼれおちる。
 粉はそのままガラス玉に振りかかり、紫を帯びていた球体は藍色に輝き始めた。
「あの先生が駄目だったんだな」
 大地さんが何気なく言ったことに、私は慌ててかぶりを振る。
「そんなことありません。今までで一番好きでした」
「え?」
 意外そうに眉を上げる彼に、私は懸命に伝える。
「東条先生は真面目な人で、真剣に生徒にも向き合ってくれていた人でした。厳しかったけど……私は嫌いじゃなかった」
「そうなのか?」
 大地さんは、もう消えてしまった映像を探すように視線を動かす。
「嫌ってるようにしか見えなかった」
「それは、その」
 ぐっと、私は口をつぐむ。
 本来なら慕っているその人にもう一度声を掛ける勇気が私にはなくて。呆れられてるのも面倒だと思われているのも、わかっていたけど、確認したくなかった。
「つまり怖かったのか」
「……はい」
 私は小さく頷いて、顔を伏せる。
 何か言われると思ったけれど、大地さんも黙ったままだった。私はその沈黙にどうすればいいかわからなかったけれど、やがて目を上げる。
 大地さんは難しい顔をしていた。ぶっきらぼうな口調で、少し冷たい印象もある人なのに、どうしてかこの人は私のことで困っているらしい。
「その、申し訳なくて」
 気まずい沈黙を破るために、私は詰まりながら言葉を繰り出す。
「こ、これ以来、私は登校拒否になって。東条先生はよく様子を見に来てくれましたが、私は直接会うことすらできなくて、いつも逃げてて」
 私が、ちゃんと向き合えていたのなら。学校が苦手でも、勇気を持って向かうことができたのなら、先生を困らせずに済んだ。
「悪いのは……」
「やめろ」
 ぴしゃりと言葉を遮られた。
 私の額を片手で押さえて顔を上げさせる。
「帰ってからやること。あの先生に会いに行く」
「で、でも」
 先生は一年生の頃の担当だったから、今も同じとは限らない。
 それに、私のことなんてもう、忘れてるかもしれない。
「お前にとっての学校ってのは、ろくでもない記憶ばかりかもしれないけど。いいって思える先生に会えることなんて、めったにないんじゃないか?」
 押さえられた額が、痛いくらいだった。
「そういう少しのいい事だって、全部捨てていいのか」
 途端、風が下から上へ吹き抜けて、辺り一面に青の花が咲き乱れた。大きな葉に包まれて、一見すると見逃してしまいそうな、小さな小さな花。
 屈んで、すくいあげるようにして青の花に触れる。
 周りの壁が一面、青く鮮やかに染まった。
「大地さん」
 ちょっとだけ声が弾んだ。
「私にも楽しかった思い出、ちゃんとありました」
 自然と表情がほころんで、私は大地さんの方を見た。
「学校に行けなくなって、近所の病院にカウンセリングを受けに行った時。そこで会った、男の子の記憶です」