赤と青の混じっていた紫の光は消え、灰に似た光が辺り一面に立ち込めていた。
 はっとして床を見下ろす。先ほどまで確かに、地面は冷たいガラスで出来ていたはずだった。ところが今は、野原に座っているような感触がある。
 ゆっくりと立ちあがると、床は刈り取って並べたかのような、何本もの長い草が辺り一面に広がっていた。それは何の変哲もないただの乾いた牧草にしか見えなかったけれど、よく見ると変色しているものもあった。
「なぁに、これ?」
 いつの間にか明さんもいて、私の傍らでその草をじっと見つめている。私は思い切って、草の一本を手に取った。
「あ……」
 周り一体の壁が歪み、何かの映像が映し出された。
 今度も、学校だ。ただ、前の記憶の小学校とは様子が異なる。
 そこは小学校よりは少し広い教室だった。整然と机列通りに生徒たちが座っている。黒板の前には委員長らしき生徒と書記の子が立っており、脇の机には担任と思われる教師が座っていた。
 どこにでもありそうな風景である。けれど、ありふれすぎていてどこか奇妙な感じもする。
 一人一人の区別がつかない。あまりに皆が、同じ色だから。
 生徒たちは次々と立ちあがっては短く何か言い、書記はそれを時々記録する。スムーズな学級会だった。
 ふいに音が聞こえるようになる。チョークが黒板と擦れる音がする。それがやんだ時、委員長が言った。
「次。綺崎(きざき)さん」
 一人の女の子が、恐る恐る立ちあがった。髪を二つに結んだ、小柄な子。おどおどと、机の上に視線をさまよわせている。
 視界が黒に近い色を帯びてくる。
 明さんはその子をみつめながら、静かに言った。
「美朱ね」
 私はため息をつきながら、頷いた。
「はい。中学校に入って間もない頃の、私です」





 私は立ちあがったまま視線を忙しく動かす。
 学級目標の案を求められているのだが、いい言葉が浮かんでこないのだ。
「考えてきていないんですか? 宿題ですよ」
 きびきびとした口調で私に言うのは、東条先生。みんなは影で藍花(あいか)ちゃんと名前で呼んでいるけど、実際先生を目の前にして口にすることはできない。
 癖のある黒髪をひっつめてバレッタで留めている。引き締まった口元に、紺色のスーツが似合う。紺色の細長い眼鏡は、先生の厳しい眼光を更に強く見せていた。
「目標も持たずに学校生活を送る気ですか? 綺崎さん」
「そ、その……いい案が浮かばなくて……」
 考えたけど、浮かばなかった。仲間の輪に入れずに小学校を卒業してしまった私には、自分で考え出せるほど学校のことを知らない。
 ああ、くすくす笑いが聞こえる。
 私は要領が悪いとわかっていた。この中で実際に新しい学級目標を提示したのは一人か二人で、後の人たちはそれに少し手を加えて発表しているだけだったのだから。
 加えて、引いて、その繰り返し。最初の学級目標を提示した人も、余所のクラスを真似たか、先輩に聞いたのかもしれない。
「新しい案でなくともいいんです。今言った意見から良いと思われるものを自分の言葉で表現してください」
「あ、の……」
 かくんと喉が引きつった。
「他の人の発表を聞いていなかったんですか?」
 眼鏡の奥の目が鋭く光る。
 頭痛がする。鈍い痛みで体が痺れていく。
 早く発表してよ。ホームルーム延長になるじゃない。藍花ちゃんこういうの煩いんだから。
 さっさと考えてませんでしたって言えよ。いっつもあいつの所で止まるんだからさぁ。
 早く早く。早く早く早く。
 ぐるぐる、視界が回る。教室が、同級生が、先生が回転する。
 目に染みるのは中学の証。紺の制服。
 人の声が痛い。人の色も痛いということを、今知った。
 みんな同じ色、中学校という世界。
 紺と、藍の渦の空間に、私は飲まれていった。