俺はすぐ退院できたが、美朱は怪我もあって入院生活が長引くことになったので、俺はできる限り病院で過ごすようにした。
天気のいい日は屋上で座り込みながら、二人でのんびりと話をする。
「じゃあ、お兄ちゃんは昔グレてたの?」
「そうだよ。誰だ、真面目だなんてお前に言ったやつ」
話すことはたくさんあったから、話題が尽きることはなかった。
「でもとても頭がいいって聞いたよ」
「勉強したんだよ。俺、将来は父さんと同じ仕事したいから」
「そうなんだ……」
それだけじゃない。美朱に賢い兄ちゃんと思われたかった。
ぐっと喉の奥でその言葉を飲み込んで、俺は口を開いた。
「美朱。俺、お前に嫌われてると思ってた」
きょとんとする美朱に苦笑して、俺は言う。
「仕方ないんだって諦めてた。昔の不良仲間と一緒のところ見られたり、背中の傷見られたりしてたし、何より……俺が家族になったせいで、お前は明と離れなきゃいけなくなったんだから」
美朱に初めて会った時に思った。
俺はこの子から姉を奪おうとしてる。この子を不幸にしてしまうかもしれない。
「でも、でもな。俺、それでも譲りたくなかった」
でも引けなかったのは、俺のわがままだ。
「家族になりたかった。母さんと宏葉さんと、美朱。その中に俺が入りたいって、どうしても欲が出た」
頼りにしても揺らがないと信じられる父親。そして……ずっと表情を失っていた俺を初めて笑わせてくれた、温かい妹。
「嫌われても、うっとうしがられてもいいって思って、新しい生活を始めたんだ。兄らしいことできるだけやって、明の代わりになれたらそれでいいと」
でも、上手くいかなかった。どんどん自分の殻に閉じこもっていく美朱を笑わせることは、たぶん明にしかできないことだったのだから。
「ごめん、美朱。俺、美朱とあの世界に迷い込んで、初めてお前が考えてたことを知ったんだ。俺が見ている世界と美朱が見ている世界は、全然違ったんだって見せ付けられた」
美朱はふるふると首を横に振って、慌てて言う。
「私が、何にも言わなかったから……」
「言えないことだってあるだろ? 俺だって経験があるのに、わかってなかった」
黙って待っていられたって、自分で這い上がれない時もある。両手を差し伸べて、引っ張り上げるときだって必要なのだ。
俺の場合は宏葉さんがそうしてくれた。すぐに治療を受けさせてくれて、俺はようやく最近安らいで眠れるようになった。
「独りにしてごめんな。ちゃんと、美朱のところまで下りてやれなくて」
「ううん、お兄ちゃん、それは」
おろおろとする美朱の頭を軽く手でぽんぽんと叩いて、俺は苦笑した。
「お前は悪くないんだよ。まずはそこから改めないとな」
そう言って、俺はポケットから一つの物を取り出した。
ガラスの小瓶の中で乱反射して、七色の欠片が浮かび上がる。
「これ……」
「明がお前に渡したガラス玉の欠片だよ。あやめちゃんと葵が、大きな部分だけ拾い集めてきてくれたんだ」
ガラス玉は事故で砕けて欠片になった。必死で美朱が守ろうとしたけれど、結局形は失われた。
「綺麗だろ? こうやって、光に透かしてみると乱反射する」
でも無くなったわけじゃない。
美朱は自分の閉じこもっていた一つの世界を、自分の力で打ち壊したんだと思う。この欠片は、その証なのだ。
「あやめちゃんも葵も、元気になったら遊びに来てほしいって言ってた。あの厳しい東条先生だって、復学を考えるのは落ち着いてからでいいって手紙をくれたよ」
俺は天を仰いでのんびりと寝転がる。
「母さんも父さんも、俺だって、美朱にはちゃんとついてるんだから。ゆっくりでいい。美朱が安心してからでも、外へ出るのは遅くない」
俺は明みたいに、ぴったり美朱を守るガラスのドームのような世界は作れない。
けど、崩れたガラスの欠片の後に美朱が築く、新しい道を作る手助けなら、きっとできる。
「がんばる。ありがとう、お兄ちゃん」
少しだけ笑った美朱に俺は目を細めて、小瓶のガラスを太陽にかざした。
始まりにしよう。美朱も、俺も、もう一回最初から。
雨上がりに砕けた虹はいくつもの光を放ち、新たな世界を形成する。その世界にはきっと、もっとたくさんの人物が登場するようになる。
空の色が変わってきていた。太陽がビルの隙間から空へ浮く。
無限の光に彩られた一日がまた始まる。
天気のいい日は屋上で座り込みながら、二人でのんびりと話をする。
「じゃあ、お兄ちゃんは昔グレてたの?」
「そうだよ。誰だ、真面目だなんてお前に言ったやつ」
話すことはたくさんあったから、話題が尽きることはなかった。
「でもとても頭がいいって聞いたよ」
「勉強したんだよ。俺、将来は父さんと同じ仕事したいから」
「そうなんだ……」
それだけじゃない。美朱に賢い兄ちゃんと思われたかった。
ぐっと喉の奥でその言葉を飲み込んで、俺は口を開いた。
「美朱。俺、お前に嫌われてると思ってた」
きょとんとする美朱に苦笑して、俺は言う。
「仕方ないんだって諦めてた。昔の不良仲間と一緒のところ見られたり、背中の傷見られたりしてたし、何より……俺が家族になったせいで、お前は明と離れなきゃいけなくなったんだから」
美朱に初めて会った時に思った。
俺はこの子から姉を奪おうとしてる。この子を不幸にしてしまうかもしれない。
「でも、でもな。俺、それでも譲りたくなかった」
でも引けなかったのは、俺のわがままだ。
「家族になりたかった。母さんと宏葉さんと、美朱。その中に俺が入りたいって、どうしても欲が出た」
頼りにしても揺らがないと信じられる父親。そして……ずっと表情を失っていた俺を初めて笑わせてくれた、温かい妹。
「嫌われても、うっとうしがられてもいいって思って、新しい生活を始めたんだ。兄らしいことできるだけやって、明の代わりになれたらそれでいいと」
でも、上手くいかなかった。どんどん自分の殻に閉じこもっていく美朱を笑わせることは、たぶん明にしかできないことだったのだから。
「ごめん、美朱。俺、美朱とあの世界に迷い込んで、初めてお前が考えてたことを知ったんだ。俺が見ている世界と美朱が見ている世界は、全然違ったんだって見せ付けられた」
美朱はふるふると首を横に振って、慌てて言う。
「私が、何にも言わなかったから……」
「言えないことだってあるだろ? 俺だって経験があるのに、わかってなかった」
黙って待っていられたって、自分で這い上がれない時もある。両手を差し伸べて、引っ張り上げるときだって必要なのだ。
俺の場合は宏葉さんがそうしてくれた。すぐに治療を受けさせてくれて、俺はようやく最近安らいで眠れるようになった。
「独りにしてごめんな。ちゃんと、美朱のところまで下りてやれなくて」
「ううん、お兄ちゃん、それは」
おろおろとする美朱の頭を軽く手でぽんぽんと叩いて、俺は苦笑した。
「お前は悪くないんだよ。まずはそこから改めないとな」
そう言って、俺はポケットから一つの物を取り出した。
ガラスの小瓶の中で乱反射して、七色の欠片が浮かび上がる。
「これ……」
「明がお前に渡したガラス玉の欠片だよ。あやめちゃんと葵が、大きな部分だけ拾い集めてきてくれたんだ」
ガラス玉は事故で砕けて欠片になった。必死で美朱が守ろうとしたけれど、結局形は失われた。
「綺麗だろ? こうやって、光に透かしてみると乱反射する」
でも無くなったわけじゃない。
美朱は自分の閉じこもっていた一つの世界を、自分の力で打ち壊したんだと思う。この欠片は、その証なのだ。
「あやめちゃんも葵も、元気になったら遊びに来てほしいって言ってた。あの厳しい東条先生だって、復学を考えるのは落ち着いてからでいいって手紙をくれたよ」
俺は天を仰いでのんびりと寝転がる。
「母さんも父さんも、俺だって、美朱にはちゃんとついてるんだから。ゆっくりでいい。美朱が安心してからでも、外へ出るのは遅くない」
俺は明みたいに、ぴったり美朱を守るガラスのドームのような世界は作れない。
けど、崩れたガラスの欠片の後に美朱が築く、新しい道を作る手助けなら、きっとできる。
「がんばる。ありがとう、お兄ちゃん」
少しだけ笑った美朱に俺は目を細めて、小瓶のガラスを太陽にかざした。
始まりにしよう。美朱も、俺も、もう一回最初から。
雨上がりに砕けた虹はいくつもの光を放ち、新たな世界を形成する。その世界にはきっと、もっとたくさんの人物が登場するようになる。
空の色が変わってきていた。太陽がビルの隙間から空へ浮く。
無限の光に彩られた一日がまた始まる。