幼い頃、家に帰るのが怖かった。
 父親は俺を玩具として扱ったし、だからといって帰らなければ母親が代わりに傷つくのがわかってたから帰らないわけにもいかなかった。
 誰にも父親の暴力のことは言わなかった。けど、どうして自分だけがこんな目に遭うんだと心ばかりが乾いていって、学校も行かずに柄の悪い連中とつるむのが日常になった。 
 小学校も卒業という頃になって父親が死んで、母親も虐待に気づいた。けど今更この生活を改められるほど、俺にはもう元気がなかった。
――お母さん、再婚しようと思うの。
 虐待には気づいてくれなくとも、母は俺を育ててくれた、たった一人の親だった。だから俺は、精一杯祝ってあげたかった。
――おめでとう。俺、邪魔しないよ。
 幼くて語彙が少なかったせいもあって、母親は俺の反応にひどく悲しんだ。
 でも他に、どうやって俺の気持ちを伝えればよかったんだろう。
 父親の暴力で植え付けられた恐怖で、俺は夜中に何度も目が覚めて呼吸ができなくなって、道端で動けなくなることもよくあった。そんな俺は、もう新しい家族には邪魔以外の何者でもないと思った。
――あなたも一緒に幸せになれないなら、お母さんは結婚しない。
 ただ、純粋に母親に幸せになってもらいたかった。俺の分の幸せは要らなかったのに、どうしても母はそれを許してはくれなかった。
――新しいお父さんと、妹が出来るの。あなたもその家族になってほしいの。けれどあなたが嫌なら、お母さんと二人でまた頑張りましょう?
 そこまで言われても、俺は家を出ることばかり考えていた。良い人たちなら嬉しい。だけど、俺は外でそれを見守ろうと。
 きっと、俺は諦めていた。迷惑を掛けることはあっても役に立つはずもない俺が、家族に受け入れてもらえるはずなんてないと思った。
 転機は、その新しい家族に出会った時だった。
――再婚をするかどうかは、子どものことを最優先にして決めようと、咲子と話し合って決めたんだ。
 母と再婚するという大柄な男の人は、俺に会うなり言った。
 大樹そのもののようなその人は俺を横に座らせて、暗い表情で話し始める。
――私と妻は、自分たちのことしか考えていなかった。家族は私と妻だけではなかったのに、助けの必要な子どもたちを放って、身勝手に争ってばかりだった。馬鹿な、最低な親だった。
 厳しそうな外見に似合わず、彼は押し込められた優しさが透けて見えた。
――そのせいで、娘たちが互いに依存しすぎた。だからこれからは無理にでも引き離して、自立できるように育てようという話でまとまったんだよ。
 彼は俺の目をじっとみつめて、困惑する俺に言った。
――咲子は私の娘の母親になりたいと言ってくれた。私も、君の父親になりたいと思う。だけど、それは私たちのわがままだから。
 彼の中に、俺は父親を感じた。きっとこの人なら、俺の父親になってくれる。きっと大丈夫と、信じることができた。
 一度会ってみてほしいと言われた。その、俺の妹になる子に。
――おきゃくさん?
 そして、美朱に出会った。