「美朱。これ」
 紙袋から姉が取り出したのは、バスケットボールほどのガラス玉だった。複雑な形に内部がカットされており、中心部分から光が様々に乱反射する。
 今は夕焼けの赤に染まっているけど、周りの色によって独特に変化するのだろう。毎日毎日、その日の光によって。
「綺麗でしょ? 「硝子の虹」っていうの。私デザイン科にいたから、こういう創作は得意なのよ。これ、あげる」
「お、ねえちゃ……」
 姉は泣き笑いのような表情を浮かべて、私の肩に手を置いてしゃがみこんだ。
「美朱。よく聞いて」
 私の頬を両手でそっと守るように触れながら、姉は優しい声で話しかける。
「美朱のお兄ちゃんは私より……ううん、もしかしたら美朱よりも繊細かもしれないの。彼はね、どうしていいかわからないだけ」
 光は、姉の整った顔立ちを見惚れるくらい鮮やかに飾っていた。
「でもね、とても優しい人。信じてあげて、美朱」
 さよなら、と彼女は手を離す。
 私は俯いて、ぎゅっとガラス玉を抱きしめる。
 だめだよ、お姉ちゃん。お兄ちゃんがたとえどんなにいい人でも、私はもうずいぶん前から嫌われてて、どうしようもなくなってる。だっていつも私を見る度に困ってるのが、気配で感じるんだ。
 美朱はいい子って言ってくれるのは、お姉ちゃんしかいないんだよ。
 もう家の前だった。永遠に続いて欲しいと思った時間もこれで終わり。
 夕陽が最後の力とばかりに真っ赤に輝いて沈んで行く。
 帰る家、帰る場所。待っていてくれる人。
 どこにいるの? どこに、私は行けばいい?
 もしかしたらその願いが、この偶然を引き起こしたのかもしれない。
 ガラス玉が私の腕の中から滑り落ちたのはその瞬間だった。ためらいなく私はそれを追う。
「美朱、いけない!」
 姉が振り向いて、飛び込んでくる。私を、全身で庇うようにして。
 けたたましいブレーキ音の後、私の視界は真紅に染まった。