お正月の朝は苦手だった。
「美朱。好き嫌いしないで食べなさい」
いつもは家にいない父が、朝食に必ずいるから。
幼い頃の父の印象は、厳しそうな人だった。断定できないのは、家にいないことが多くて、ほとんど言葉を交わしたことがなかったからだった。
「大変な準備をして、毎年咲子が作るんだから」
けれど再婚してからはよく私に目を光らせることになったから、本当に厳しい人だと知った。
角張った顔に、少しつり上がった細い目。がっしりとした体格ということもあって、ただそこに座っているだけで威圧感を感じる。
生まれつきというより、今まで歩んできた人生によるものだと思う。お父さんは、社長らしい。大学生の時に母と一緒に建設会社を企業して、以来家の裏手にある事務所で営業をしているそうだ。
「いいの、宏葉さん」
私は直接お父さんに話しかけられない。つい、避けてしまう。
「どれが食べられそう? 私が取るから言ってちょうだい。美朱ちゃん」
父にさえ何も言えない私に、いつも優しい言葉を掛けてくれるのが、新しい奥さんの咲子さんだった。
年はよく知らないけれど、たぶんお父さんの十歳下くらい。少し癖毛の、おっとりした目元の人だった。
私の向かい側に座るお父さんの隣から、私のお皿を取りながら咲子さんは微笑む。
「小中学校の内でお節が好きな子なんていないもの。お兄ちゃんだって何も食べなかったから、代わりにエビフライを作ってたのよ」
ね、と咲子さんが相槌を求める先は私の隣。咲子さんの前婚の子どもである、兄が座って食事を勧めていた。
「まあね。でも昔の母さんは、お節下手だったし」
「あら、ひどい子」
苦笑する兄に、咲子さんは軽くおどけてみせた。
咲子さんが取ってくれたものは確かに、私くらいの年の子なら気に入りそうなものたちだった。卵焼きとか里芋を柔らかく煮たもの、さっき言ったエビフライなんかも入っている。
けど、私は好き嫌いというよりたくさんの量を食べることができない。油っこいものも苦手だったから、添えるようについていたかまぼこをかじっていた。
「昼からは出かけるか?」
「さすがの宏葉さんも仕事には行かないんだね」
「正月に顔なんて出しても誰もいないさ」
父と咲子さんの夫婦仲がいいのと同じくらい、兄も父に冗談を言えるくらいに馴染んでいる。だから会話に参加しない私は、早く食事を片付けて部屋にこもることばかり考えていた。
「初詣に行くなら早めに出かけた方がいいわね」
「そうだな。どうする?」
兄と私に父が目を向けたので、私はどうしようと逸らす。
「母さんたちは仕事で疲れてるだろうし、今日はゆっくり家で休んでなよ」
兄がこちらを見下ろしたので、私は慌てて目を逸らした。相変わらず兄の顔は黒く塗りつぶされたようで、私には表情なんて見えなかったけれど。
「じゃあお兄ちゃん。美朱ちゃんを連れて初詣に行ってきたらどう?」
何気なくそう言った咲子さんの言葉に私は思わず背筋を引きつらせていた。
「ちょっと外に出してやってくれないか。美朱は家に篭ってばかりだ」
父も便乗するので、私はどうしようと視線をさまよわせる。
友達と用があるかもしれないし、私を連れて初詣に行くなんて兄に悪かったから、何とか止めたかった。
「いいよ。行ってくる」
けど私が何か言葉を返す前に、兄はあっさりと頷いてしまっていた。
親孝行な彼が父たちの頼みを断ることなんてないとわかっていたけど、私はばつの悪さにかまぼこを慌てて飲み込んでいた。
「美朱。好き嫌いしないで食べなさい」
いつもは家にいない父が、朝食に必ずいるから。
幼い頃の父の印象は、厳しそうな人だった。断定できないのは、家にいないことが多くて、ほとんど言葉を交わしたことがなかったからだった。
「大変な準備をして、毎年咲子が作るんだから」
けれど再婚してからはよく私に目を光らせることになったから、本当に厳しい人だと知った。
角張った顔に、少しつり上がった細い目。がっしりとした体格ということもあって、ただそこに座っているだけで威圧感を感じる。
生まれつきというより、今まで歩んできた人生によるものだと思う。お父さんは、社長らしい。大学生の時に母と一緒に建設会社を企業して、以来家の裏手にある事務所で営業をしているそうだ。
「いいの、宏葉さん」
私は直接お父さんに話しかけられない。つい、避けてしまう。
「どれが食べられそう? 私が取るから言ってちょうだい。美朱ちゃん」
父にさえ何も言えない私に、いつも優しい言葉を掛けてくれるのが、新しい奥さんの咲子さんだった。
年はよく知らないけれど、たぶんお父さんの十歳下くらい。少し癖毛の、おっとりした目元の人だった。
私の向かい側に座るお父さんの隣から、私のお皿を取りながら咲子さんは微笑む。
「小中学校の内でお節が好きな子なんていないもの。お兄ちゃんだって何も食べなかったから、代わりにエビフライを作ってたのよ」
ね、と咲子さんが相槌を求める先は私の隣。咲子さんの前婚の子どもである、兄が座って食事を勧めていた。
「まあね。でも昔の母さんは、お節下手だったし」
「あら、ひどい子」
苦笑する兄に、咲子さんは軽くおどけてみせた。
咲子さんが取ってくれたものは確かに、私くらいの年の子なら気に入りそうなものたちだった。卵焼きとか里芋を柔らかく煮たもの、さっき言ったエビフライなんかも入っている。
けど、私は好き嫌いというよりたくさんの量を食べることができない。油っこいものも苦手だったから、添えるようについていたかまぼこをかじっていた。
「昼からは出かけるか?」
「さすがの宏葉さんも仕事には行かないんだね」
「正月に顔なんて出しても誰もいないさ」
父と咲子さんの夫婦仲がいいのと同じくらい、兄も父に冗談を言えるくらいに馴染んでいる。だから会話に参加しない私は、早く食事を片付けて部屋にこもることばかり考えていた。
「初詣に行くなら早めに出かけた方がいいわね」
「そうだな。どうする?」
兄と私に父が目を向けたので、私はどうしようと逸らす。
「母さんたちは仕事で疲れてるだろうし、今日はゆっくり家で休んでなよ」
兄がこちらを見下ろしたので、私は慌てて目を逸らした。相変わらず兄の顔は黒く塗りつぶされたようで、私には表情なんて見えなかったけれど。
「じゃあお兄ちゃん。美朱ちゃんを連れて初詣に行ってきたらどう?」
何気なくそう言った咲子さんの言葉に私は思わず背筋を引きつらせていた。
「ちょっと外に出してやってくれないか。美朱は家に篭ってばかりだ」
父も便乗するので、私はどうしようと視線をさまよわせる。
友達と用があるかもしれないし、私を連れて初詣に行くなんて兄に悪かったから、何とか止めたかった。
「いいよ。行ってくる」
けど私が何か言葉を返す前に、兄はあっさりと頷いてしまっていた。
親孝行な彼が父たちの頼みを断ることなんてないとわかっていたけど、私はばつの悪さにかまぼこを慌てて飲み込んでいた。