世界が赤かった。
 天から降り注ぐ赤があまりに眩しくて、何もかもすべて赤く見えた。
「大丈夫。これをあげる」
 私の腕にバスケットボールほどの大きなガラス玉が渡った。内部で光を様々に屈折して、滑らかな表面に透明な輝きを放つ。
 その光でさえ、今は赤くしか見えなかった。
「さよなら」
 目の前の影が去って、私は立ち竦む。最後の遮りもなくなった今、私はその痛いほどの灼熱の赤に全身を晒されてしまう。
 日が落ちる前の最後の輝き。これがなくなれば暗く長い、漆黒の夜がやって来る。
 たまらず走り出す。必死でガラス玉を抱きかかえて。それを手放したら、すべて黒に飲み込まれてしまう気がして。
 ただ怖く、大声で泣きだしたかった。
 強く抱きしめていたガラス玉が、私の震える腕からするりと抜ける。
 ガラス玉は前へと飛んでいった。重力など関係ないかのように、水平に。何かに導かれるように。
 私はガラス玉を追いかけて道路に飛び出した。
「美朱、いけない!」
 夕闇をブレーキ音が引き裂く。突っ込んでくるトラックが視界の端に映る。
 それでも私は、ガラス玉を見つめ続けていた。



 真っ赤に染まった空の下。赤。朱。視界を埋め尽くす紅。
 薄い膜の向こうで誰か叫んでる。
 指先に、冷たくて硬い感触があった。
 血に染まったガラスだと思った瞬間、視界が黒に埋め尽くされた。