「よう!」
 決勝の翌日、夕暮れ時。
 大智、剣都、愛莉の三人は、かつて誓いを立てた思い出の公園で待ち合わせをしていた。
 一番に着いていたのは愛莉。
 殺風景な公園にぽつんと置かれているベンチに一人座っていた。
 大智に声をかけられた愛莉は手を振ってそれに応じた。
「剣都は? まだか?」
 愛莉は、うん、と頷く。
「そっか」
 大智は愛莉の隣に腰を下ろした。
「改めて、優勝おめでとう」
「サンキュ。でもあれだな。何か実感が湧かんというか、ふわふわした気分と言うか、何となくまだ少しだけ夢見心地だよ」
「こらこら。甲子園まで大して時間があるわけじゃないんだから。ちゃんと予選の疲れを取って調整しないと。甲子園で下手なピッチングしたら剣都に笑われるぞ」
「そうだな」
 大智は微笑を浮かべて答えた。
「しかし、剣都のやつ遅いな」
 大智はポケットから携帯を取り出して現在の時刻を確認した。
 すでに約束の時間を回っていた。
 大智は怪訝な顔を浮かべた。
 剣都が時間に遅れるなんて珍しい。
 ましてや遅れても連絡がないなんて信じられなかった。
 何かあったのだろうか。
 まだそれほど約束の時間が過ぎているわけではないが、珍しく剣都が遅刻していることを大智は気にしていた。
 と、その時、携帯の画面に通知が表示された。
 通知は剣都からのメッセージだった。
『すまん。急用ができた。今日は行けそうにない』
 剣都から大智と愛莉へのメッセージ。
 隣で愛莉も携帯を確認していた。
 それとは別に大智の携帯には新たに剣都から大智当てにメッセージが送られて来ていた。
『気持ち、ちゃんと伝えろよ』
(あいつ……)
 大智は呆れ顔で微笑んで、携帯をポケットにしまった。
「剣都、来られなくなっちゃったみたいだね」
「あぁ」
「どうする?」
「愛莉はどうしたい?」
「もう少しこのままでいたいかな」
「俺もだ」
 そう言ったまま、二人はしばらくの間、互いに何もしゃべらなかった。
 共に暮れ行く夏の夕空を眺めていた。
「なぁ、愛莉」
 西の空を眺めながら大智が言った。
「ん?」
 同じように西の空を見つめながら愛莉は返事を返した。
「好きだ」
「うん」
 どちらともなく、二人の手はベンチの上で重なり合っていた。


「こらっ。こんなとこで何をやっとるか!」
 当然後ろから声をかけられた。
 剣都は慌てて後ろに振り返った。
「んだよ。お前かよ」
 剣都の後ろには紅寧が立っていた。
「行かないの?」
 剣都は公園の中にいる大智と愛莉に見つからないよう、物陰から二人の様子を伺っていた。
「あぁ」
「どうして? 剣兄だって、愛ちゃんとの約束は守ったでしょう? 堂々と行けばいいのに」
「いいんだよ。そもそも、負けて告白なんてできっかよ」
「それはそうなのかもしれないけど……」
「お前こそいいのかよ?」
「何が?」
「何がって、大智のことだよ」
「好きだよ」
「だったら」
「同じくらい愛ちゃんのこともね」
「紅寧……」
「だからいいの。二人が幸せになってくれるなら私はそれで」
 紅寧は笑った。
 だが、どこか無理をして笑っているように剣都には見えた。
 その証拠に紅寧の目には微かに涙が浮かんでいた。
「泣くんだったら、俺の胸でよかったら貸してやるぞ」
「いい」
 紅寧はきっぱりと断った。
「だろうな」と剣都はふっと笑った。
「キャッチボール」
「ん?」
「キャッチボールくらいなら付き合ってあげる」
 恥ずかしそうにしながら紅寧は言った。
 その言葉に剣都は驚いて一瞬固まってしまったが、すぐに笑顔に変わった。
「よっしゃ、やるか」
 剣都はにっと笑った。
「うん」
 紅寧は微笑んだ。
 久々に兄に向けて笑顔を見せた。
 オレンジ色の夕陽に照らされながら、二人は並んで家路についた。


 数年後。
「さぁ、この大歓声。それもそのはず。おそらく日本でこの二人の対決が見られるのはこれが最後になることでしょう。両者共に今オフはメジャー挑戦の意思をすでに表明しています。今や球界を代表する投手と野手へと成長を遂げた春野と黒田の同郷対決。スタンドからは割れんばかりの大歓声が送られています」
 大智が足場を整え、ホームに目を向ける。
 バッターボックスに立つ剣都の姿を見て、微かに微笑みを浮かべた。
 キャッチャーからのサインを確認してセットに入る。
 一呼吸置いてから投球動作に入った。
「行くぜ。剣都!」
 大智は目で剣都に訴えかけた。
 その意思を剣都は受け取った。
 剣都も目で訴え返した。
「来い。大智!」
 対じする二人の眼差しはあの日のままだ。