体育館ではボールが床に着く音やシューズと床が擦れる音、仲間への掛け声など、様々な音がひっきりなしに響いている。
大智と大森は体育館の下に設けられている小窓からバスケ部の練習の様子を覗いていた。
「確かにあれは只者の動きではないな」
難波のプレーを観察しながら大森が呟く。
「あぁ。口だけの野郎ってわけでもなさそうだ」
大智は難波の動きを見て、納得した様子を浮かべていた。
「バスケ部なだけあってフットワークは抜群だな」
大森が横目で大智を見ながら言う。
「周りもよく見えてるよ」
大智も横目で大森を見て言った。
「どっちの候補? セカンド? ショート?」
大森は体育館の中を指差しながら大智に訊いた。
「それは肩の強さを見てみないとだろ?」
「だよな。ま、あの動きができて経験者なら高校のレベルに慣れればどっちかの穴は埋まりそうだな」
「まぁな。つっても見つけただけじゃ意味ねぇけどな。問題はどうやって助っ人を頼むかだ……」
大智は険しい顔をしながら腕組みをしていた。
「素直に頭を下げれば?」
「やっぱそれしかねぇかな~。この間のことがあるから、できればそれはしたくないんだけどな~」
大智は両手で頭を掻きむしっている。
「そんなこと言っても背に腹は代えられないだろ?」
「だよな~」
大智は掻きむしる手を止めると、今度は頭を抱えて悩み始めた。
「あれ? 愛莉ちゃん?」
悩み込んでいる大智を他所に、体育館内に視線を戻していた大森が呟くように言う。
「は?」
頭を抱えて悩んでいた大智だったが、愛莉の名を聞くと、慌てて体育館を覗き込んだ。
中には大森の言った通り、確かに愛莉の姿があった。
愛莉が体育館に入ると、それに気が付いた難波が愛莉の許へ向かった。難波は愛莉の許へ行くと、嬉しそうに話をしていた。
「チッ。音がうるさくて何も聞こえやしねぇ」
大智は愛莉と難波がいる方向に耳を傾け、何とか二人の会話を聞こうとしていた。
「おい、こっち来るぞ!」
体育館の中を見ていなかった大智に大森が声をかける。
大智は大森の声を聞いて、体育館の中に目を向けた。
「ヤベッ、隠れろ!」
「ねぇ、ねぇ、話って何? もしかして、バスケ部のマネージャーをやる気になってくれた?」
愛莉の後を付いて行く難波は体育館を出ると顔をニヤつかせながら愛莉に訊いた。
だが、愛莉はそれを振り切るように難波の方に振り返ると、勢い良く頭を下げた。
「お願いします! 野球部の助けになってあげてください!」
愛莉は精一杯声を張って言った。
「野球部? 何で俺が野球部の助っ人なんか……」
愛莉の頼みを聞いた難波は眉をひそめていた。
「難波君、自己紹介の時に言ってたよね? 昔、野球をやってたことがあるって」
「ん? あぁ、あるよ。少年野球では三番ショートだったんだ」
難波はこれ見よがしに胸を張っていた。
「ショート!」
近くに隠れていた大智と大森は目を見合わせると、声は出さないようにして口だけ動かした。
「ほんとに!?」
愛莉の顔が少しだけ明るくなる。
「あぁ、本当さ!」
難波は相変わらず自信満々の表情をしており、今度は腕組みまでしていた。
「お願いします。掛け持ちになって大変だとは思うけど、今年の夏だけでもいいから野球部の力になってあげてください」
愛莉は体が垂直になるまで深く頭を下げて頼んだ。
「愛莉……」
陰で愛莉の様子を見つめている大智がぼそりと呟く。
「ふむ。まぁ、秋山ちゃんの頼みなら聞いてあげないこともないけど?」
そう答える難波だが、その顔はどうも怪しい。
だが、愛莉は顔をパッと明るくしていた。
「ほんと!? じゃあ!」
「その代わり、俺とデートしてよ」
難波は如何にも悪そうな顔を面に出した。
「え……」
愛莉の顔が一気に曇る。
「別に変なことしようって言ってるわけじゃないんだよ。ちょこちょこっと遊ぶだけ。それで願いが叶うんだから安いもんだろ?」
難波は顔をニヤニヤとさせていた。
二人の会話を陰で聞いていた大智はそれを聞くとギリッと奥歯を噛みしめ、手をギュッと握り締めた。
「で、でも……」
愛莉は困った顔をして俯いていた。
「頼むなら今の内だよ。今日を逃したら条件追加しちゃうかもよ?」
難波は意地の悪そうな顔でプレッシャーをかけるように愛莉に迫った。
その様子を陰からじっと見つめていた大智は糸がプツンと切れたように、その場に立ち上がった。
「おい! いい加減にしろよ!」
大智が立ち上がりながら声を張り上げる。
立ち上がった大智は難波を鋭い目で睨みつけた。
「お、お前は!」
突然現れた大智の姿に難波が驚く。
「だ、大智!?」
愛莉も大智の姿を見ると驚きの声を上げた。
「何だよ。また邪魔をするのか」
難波が大智を睨み返す。
「あぁ。本当は邪魔したくなかったけどな」
「なら、邪魔するんじゃねぇよ」
「勘違いするなよ。俺が邪魔したくなかったのはお前のことじゃなくて、愛莉のことだからな。けど、さすがに限界だわ。相手の弱みにつけ込んで自分の欲を満たすような奴はこっちからお断りだ!」
大智は今まで以上に強く難波を睨みつけた。
「大智!」
愛莉が慌てて大智の名前を叫ぶ。
「いいんだ、愛莉。俺はただ野球ができる奴が欲しいんじゃないんだ。甲子園を目指して一緒に夢が見られる仲間が欲しいんだ」
大智は表情と声を和らげて愛莉に言った。
「はっ。甲子園だと? 真面に人数も揃わない弱小校がか?」
難波が大智を嘲笑うように言う。
「やってみねぇとわかんねぇだろ?」
大智はまた難波を睨んだ。
「例え人数が揃ったところであんなメンバーで出られるわけねぇだろ。まぁでも、俺がいれば可能性はグンッと高くなるだろうけどな」
難波はそう言うとわははっと一人で高笑いをしていた。
「話にならんな。愛莉行くぞ」
大智が踵を返す。
「え? あ、うん……」
愛莉は戸惑いながらも、その場を後にしようとする大智の許へと向かった。
「行こうぜ、大森」
大智が立ち上がった後、遅れてその場に立っていた大森に大智は歩きながら声をかけた。
「あ、あぁ」
大森も戸惑いの表情を浮かべながらも、大智と愛莉の後ろに付いて歩いた。
「本当にいいのか! 後から後悔しても知らねぇからな!」
立ち去って行く三人の背中に向け、難波は叫んだ。
その目に寂しさを宿らせながら……。
大智と大森は体育館の下に設けられている小窓からバスケ部の練習の様子を覗いていた。
「確かにあれは只者の動きではないな」
難波のプレーを観察しながら大森が呟く。
「あぁ。口だけの野郎ってわけでもなさそうだ」
大智は難波の動きを見て、納得した様子を浮かべていた。
「バスケ部なだけあってフットワークは抜群だな」
大森が横目で大智を見ながら言う。
「周りもよく見えてるよ」
大智も横目で大森を見て言った。
「どっちの候補? セカンド? ショート?」
大森は体育館の中を指差しながら大智に訊いた。
「それは肩の強さを見てみないとだろ?」
「だよな。ま、あの動きができて経験者なら高校のレベルに慣れればどっちかの穴は埋まりそうだな」
「まぁな。つっても見つけただけじゃ意味ねぇけどな。問題はどうやって助っ人を頼むかだ……」
大智は険しい顔をしながら腕組みをしていた。
「素直に頭を下げれば?」
「やっぱそれしかねぇかな~。この間のことがあるから、できればそれはしたくないんだけどな~」
大智は両手で頭を掻きむしっている。
「そんなこと言っても背に腹は代えられないだろ?」
「だよな~」
大智は掻きむしる手を止めると、今度は頭を抱えて悩み始めた。
「あれ? 愛莉ちゃん?」
悩み込んでいる大智を他所に、体育館内に視線を戻していた大森が呟くように言う。
「は?」
頭を抱えて悩んでいた大智だったが、愛莉の名を聞くと、慌てて体育館を覗き込んだ。
中には大森の言った通り、確かに愛莉の姿があった。
愛莉が体育館に入ると、それに気が付いた難波が愛莉の許へ向かった。難波は愛莉の許へ行くと、嬉しそうに話をしていた。
「チッ。音がうるさくて何も聞こえやしねぇ」
大智は愛莉と難波がいる方向に耳を傾け、何とか二人の会話を聞こうとしていた。
「おい、こっち来るぞ!」
体育館の中を見ていなかった大智に大森が声をかける。
大智は大森の声を聞いて、体育館の中に目を向けた。
「ヤベッ、隠れろ!」
「ねぇ、ねぇ、話って何? もしかして、バスケ部のマネージャーをやる気になってくれた?」
愛莉の後を付いて行く難波は体育館を出ると顔をニヤつかせながら愛莉に訊いた。
だが、愛莉はそれを振り切るように難波の方に振り返ると、勢い良く頭を下げた。
「お願いします! 野球部の助けになってあげてください!」
愛莉は精一杯声を張って言った。
「野球部? 何で俺が野球部の助っ人なんか……」
愛莉の頼みを聞いた難波は眉をひそめていた。
「難波君、自己紹介の時に言ってたよね? 昔、野球をやってたことがあるって」
「ん? あぁ、あるよ。少年野球では三番ショートだったんだ」
難波はこれ見よがしに胸を張っていた。
「ショート!」
近くに隠れていた大智と大森は目を見合わせると、声は出さないようにして口だけ動かした。
「ほんとに!?」
愛莉の顔が少しだけ明るくなる。
「あぁ、本当さ!」
難波は相変わらず自信満々の表情をしており、今度は腕組みまでしていた。
「お願いします。掛け持ちになって大変だとは思うけど、今年の夏だけでもいいから野球部の力になってあげてください」
愛莉は体が垂直になるまで深く頭を下げて頼んだ。
「愛莉……」
陰で愛莉の様子を見つめている大智がぼそりと呟く。
「ふむ。まぁ、秋山ちゃんの頼みなら聞いてあげないこともないけど?」
そう答える難波だが、その顔はどうも怪しい。
だが、愛莉は顔をパッと明るくしていた。
「ほんと!? じゃあ!」
「その代わり、俺とデートしてよ」
難波は如何にも悪そうな顔を面に出した。
「え……」
愛莉の顔が一気に曇る。
「別に変なことしようって言ってるわけじゃないんだよ。ちょこちょこっと遊ぶだけ。それで願いが叶うんだから安いもんだろ?」
難波は顔をニヤニヤとさせていた。
二人の会話を陰で聞いていた大智はそれを聞くとギリッと奥歯を噛みしめ、手をギュッと握り締めた。
「で、でも……」
愛莉は困った顔をして俯いていた。
「頼むなら今の内だよ。今日を逃したら条件追加しちゃうかもよ?」
難波は意地の悪そうな顔でプレッシャーをかけるように愛莉に迫った。
その様子を陰からじっと見つめていた大智は糸がプツンと切れたように、その場に立ち上がった。
「おい! いい加減にしろよ!」
大智が立ち上がりながら声を張り上げる。
立ち上がった大智は難波を鋭い目で睨みつけた。
「お、お前は!」
突然現れた大智の姿に難波が驚く。
「だ、大智!?」
愛莉も大智の姿を見ると驚きの声を上げた。
「何だよ。また邪魔をするのか」
難波が大智を睨み返す。
「あぁ。本当は邪魔したくなかったけどな」
「なら、邪魔するんじゃねぇよ」
「勘違いするなよ。俺が邪魔したくなかったのはお前のことじゃなくて、愛莉のことだからな。けど、さすがに限界だわ。相手の弱みにつけ込んで自分の欲を満たすような奴はこっちからお断りだ!」
大智は今まで以上に強く難波を睨みつけた。
「大智!」
愛莉が慌てて大智の名前を叫ぶ。
「いいんだ、愛莉。俺はただ野球ができる奴が欲しいんじゃないんだ。甲子園を目指して一緒に夢が見られる仲間が欲しいんだ」
大智は表情と声を和らげて愛莉に言った。
「はっ。甲子園だと? 真面に人数も揃わない弱小校がか?」
難波が大智を嘲笑うように言う。
「やってみねぇとわかんねぇだろ?」
大智はまた難波を睨んだ。
「例え人数が揃ったところであんなメンバーで出られるわけねぇだろ。まぁでも、俺がいれば可能性はグンッと高くなるだろうけどな」
難波はそう言うとわははっと一人で高笑いをしていた。
「話にならんな。愛莉行くぞ」
大智が踵を返す。
「え? あ、うん……」
愛莉は戸惑いながらも、その場を後にしようとする大智の許へと向かった。
「行こうぜ、大森」
大智が立ち上がった後、遅れてその場に立っていた大森に大智は歩きながら声をかけた。
「あ、あぁ」
大森も戸惑いの表情を浮かべながらも、大智と愛莉の後ろに付いて歩いた。
「本当にいいのか! 後から後悔しても知らねぇからな!」
立ち去って行く三人の背中に向け、難波は叫んだ。
その目に寂しさを宿らせながら……。