気合を引き締め直して四回のマウンドに登った大智だったが、相手は王者港東高校。
 勢いのついた上位打線はそう簡単には打ち取らせてくれなかった。
 結果的には三者凡退に打ち取ったが、相手に傾きかけている流れを引き戻せるだけの内容ではなかった。
 勢いはまだ港東高校側に残ったままだ。

 五回の表、千町高校の攻撃は五番の大森から。
 大森は外角低めの球をしっかりとミートし、サードの頭上をライナーで抜き、打球をレフト前へと運んだ。
 ノーアウト一塁。
 千町高校は四回に続いて、先制点のチャンス。
 だが、後続が続くことができなかった。
 打たせて取るピッチングを得意としているピッチャーに対して、強攻策ではゲッツーを取られる可能性が高いと踏んだ藤原は、六番の岡崎に対して送りバントのサインを送った。
 岡崎はこれをきっちりと決め、ランナーを二塁へと送った。
 一アウト二塁。
 何とか一本を、と願う千町高校サイドだったが、そう簡単には点を取らせてもらえなかった。
 続く七番の林、そして八番の藤本は、相手の思うままに打たされてしまい、凡打に倒れた。
 ノーアウトからランナーを出しながらも落ち着いた試合運びに、試合の流れはまた一つ港東高校側に傾いていた。

 五回の裏の港東高校の攻撃。
 先頭で打席に立つのは剣都。
 大智と剣都の第二ラウンドが始まる。
「港東黒田対千町春野の幼馴染対決、第二ラウンド。一打席目は春野の隠し玉チェンジアップにより空振りの三振でした。さぁ、二打席目はどういった勝負になるのか。マウンド上の春野、第一球を……投げました! ああっと空振りー! チェンジアップ。春野、今度は初球からチェンジアップを投げて来ました」
 空振りをした体勢のまま真顔でマウンドを見つめる剣都。
 大智は剣都の方を一切見ようとはしない。
 大森からの返球を受け取ると、淡々と次の投球の準備に取り掛かっている。
「さぁ、初球はチェンジアップから入ってきました、千町バッテリー。二打席目はどんな配球で攻めて来るのか。第二球を……投げました。ストライク! 低めいっぱい。千町バッテリー、二球続けてチェンジアップを選択してきました。まさかの配球に黒田も手が出なかったか」
 初球の空振りとは違い、今度はしっかりと体勢を保ったままボールを見送った剣都。
 手が出なかったというより、手を出さなかったといった感じにも見える。
「さぁ、二ストライクと追い込んだ千町バッテリー。ピッチャーが圧倒的に有利なこの場面でどう攻めていくのか。第三球を……投げました! み、見逃し三振! 何と三球連続チェンジアップ。流石にこの配球は黒田も頭になかったか」
「いやー、どうでしょう。私には読んでいたけど、あえて手を出さなかったようにも見えましたけどね」
「ほう……。何故そう思われるのでしょう?」
「裏をかかれたのであれば、もっと体勢が崩されていてもおかしくありません。ですが、黒田君は構えた位置から全くブレがなかった。最後の球も打ちに行こうと思えば行けたはずです。寧ろ捉えられたのではないでしょうか。もし、そうでなくても、カットくらいは出来たはずです。しかしそうはしなかった」
「なぜでしょう?」
「それは私にはわかりません。黒田君本人のみが知り得ることでしょう」
 見逃し三振に倒れた剣都は無表情のまま、ベンチへと戻って行く。
「すみません。手が出ませんでした」
 ベンチに帰って来た剣都はバットとヘルメットを置き、監督に謝った。
「うちがここまでのチームに成り上がれたのはお前のおかげだ。多少のことは目を瞑っていてやるが……、最後はきっちり決めてくれるんだろうな?」
 監督はグラウンドを見ながら剣都に話かけている。
「勿論です。甲子園を譲る気はありませんから」
 剣都はグラウンドを見つめたままの監督に向けて真っすぐな視線を送った。
「ならいい」
 その言葉を聞いた剣都は監督の後ろ姿に一礼をした。
 剣都が見逃しの三振に倒れた後、港東高校は五番、六番も大智に打ち取られ、この回も三者凡退となった。

 六回の表、千町高校の攻撃。
 千町高校は一アウトから一番の難波がその足を生かして、内野安打で出塁した。
 一アウト、一塁。
 二番の遠藤にはエンドランのサインが出た。
 遠藤はランナーが三塁まで進めるよう、外角の球を無理やり引っ張りにかかる。
 内野の間を抜いて外野まで打球が行けばランナーは三塁まで行けるのだが、外の球、しかも沈み込む変化球を強引に引っ張った打球にそこまでの勢いはなかった。
 遠藤の打球はセカンドが捕球し、一塁へと送られた。
 遠藤は一塁アウト。
 予めスタートを切っていた難波は二塁へ進塁。
 二アウト、二塁。
 打席には三番の大智。
 一打先制のチャンス。
 試合が中盤に入っていることもあり、そろそろ何とか一点を、とスタンドからは大きな声援が送られている。
 キーンと金属音が響き渡り、ボールがピッチャーの足下を抜けて行く。
 センター前に抜けた。
 誰もがそう思った。
 しかし……。
 ショートの剣都がささっと現れ、今にも打球に追いつきそうだった。
 それを見て大智は懸命に一塁へと走る。
 剣都は最後、目一杯、体を伸ばし、打球に追いついた。
 捕球した剣都はその流れで体を一回転させ、更にその一回転の勢いを利用してボールを一塁へと送った。
 大智は一塁へヘッドスライディング。
 ヘッドスライディングは怪我をする可能性が高いのでするべきでないことはわかっていたが、気が付いた時にはすでに体が動いていた。
 土煙が舞う。
「アウト!」
 一塁塁審の右手が上がる。
 その瞬間、港東高校スタンドからは惜しみない拍手が送られた。
 剣都の大ファインプレーに球場の雰囲気は港東高校側が支配しつつある。
 ヘッドスライディングをして、うつ伏せの状態で倒れている大智は、拳の横側で地面を叩いていた。