「うしっ!」
 二回の表を三者凡退で終わらせた大智は軽くガッツポーズをしてベンチに戻って行った。
 初回の反省を踏まえ、しっかりとコーナーを突いた丁寧なピッチングだった。
 二回の裏、千町高校の攻撃は四番の上田から。
 二ボール一ストライクからの四球目。
 打球がセンター上空へ高々と上がって行く。
 この日始めて打球が前に飛んだことに千町スタンドが沸いた。
 だが、打った上田は悔しそうにバットを置いて一塁へと走った。
 上田が悔しそうな表情を浮かべた通り、センターはフェンスの数メートル前で足を止めた。
 高々と上がっていた打球が落ちて来る。
 センターががっちりとボールを掴んだ。
 悔しそうな表情を浮かべながらベンチに帰って来た上田。
 大智が声をかける。
「流石だな」
「何が?」
 上田はバッティング手袋を外しながら怪訝そうに言った。
「よくあの球を初見で捉えられたな」
「結果は完全に力負けだけどな」
 手袋を外した上田はベンチの椅子に腰を掛けた。
「次はいけそうか?」
「あぁ。次は必ず捉えてやる」
 上田はベンチからマウンド上の多村を睨むように見つめていた。
「そっか。んじゃ次は必ず塁に出ねぇとな」
 そう呟いて大智は上田の許を後にしようとした。
「おい、春野」
 上田に呼ばれ、大智は振り返る。
「どうした?」
「何でもかんでも一人で負おうとするな。点は俺が取ってやる。だからお前はもっと投げることに集中しろ」
「上田……」
 大智はそう呟いた後、少し間を空けてから続けた。
「りょーかい。じゃあ、任せたぜ。四番」
 大智は真っすぐ上田を見つめた。
「あぁ、任せろ」
 上田も大智に目を向ける。
 二人の視線が合う。
 二人は互いを信じ合う心を伝えるように、真っすぐな目を向け合っていた。

 二回の裏の攻撃は五番大森がサードフライ、六番の岡崎が空振りの三振に倒れ、三者凡退に終わった。
 三回は表裏共に三者凡退。
 四回の表。
 初回に先制スリーランを放った山崎が打席に入る。
 一打席目にホームランを打たれているだけあって、バッテリーは慎重に攻めていく。
 ストレートと変化球を織り交ぜながら、山崎をニストライクと追い込んだ。
 だが、カウント、ニボール、二ストライクから外角低めに投げた縦スライダーを上手く拾われ、ライト前ヒットを打たれてしまった。
「少し高かったか?」
 マウンドにやってきた大森に大智が訊いた。
「欲を言えば、もうボール一つ分低い方が良かったが、決して悪い球じゃなかった。あの球を打った相手を褒めるべきだな」
「そっか……。あぁ、悔しっ」
 そう言いながらも大智の顔にはどこか嬉しそうな表情が混じっていた。
「何でちょっと嬉しそうなんだよ」
「えっ? そんな顔しといたか?」
「してたよ。大方、ピンチに燃えてんだろ?」
「わかるか?」
 大智の口元が綻ぶ。
「たくっ。初回にホームラン打たれて絶望していた奴とは思えねぇな」
「信じてんだよ」
「あん?」
「うちの四番に言われたんだよ。点は取ってやるから、もっと投げることに集中しろってな」
 それを聞いて大森はファーストの上田に目を向けた。
「……そっか。上田らしい発破のかけ方だな。よしっ、わかった」
 大森は何かを決心した様子を浮かべた。
「ん?」
「じゃあ、俺からも一言、言わせてもらうぞ。俺も絶対に点を取ってやる。そもそも初回のホームランは俺の責任でもあるしな。だからこの試合、打つ方は俺らに任せて、お前は晴港を抑えることだけを考えろ。いいな?」
「大森……。ありがとう。けど、そりゃ無理だ」
「あぁあ?」
 大森は眉を顰める。
「俺はみんなを信じてる。けど、やっぱり打席に入ったら、全力で点を取ることだけを考えちまう。それに、打順がお前らの前の俺が塁に出ないことには得点は厳しいだろ?」
「いや、そりゃまぁ、そうだが……」
「だろ? お膳立てはするから、お前ら二人においしいところは任せたぜ」
 そう言って大智は大森の胸をグラブでトントンと叩いた。
「わかったよ。その代わり、最後までバテんなよ。絶対に山崎を抑えるからな」
「当然」
 二人は拳をぶつけ合い、それぞれのポジションへと戻った。

 試合再開。
 五番の平岡から。
 その初球。
 一塁ランナーの山崎がスタートを切った。
 意表を衝かれた大智は手元を狂わせる。
 ストレートが外に外れた。
 大森は捕球後、素早く二塁へ送球したが、間に合わなかった。
「おいおい。足も一流かよ」
 大智は二塁へ到達し、余裕綽々の様子の山崎を見ながら呟いていた。
 ノーアウト二塁。
 ランナーが得点圏へと進んだ。
 こうなると、打席に立つ平岡を要警戒しなくてはならない。
 平岡は打率自体もそこそこ高いのだが、得点圏になるとその打率は更に上がる。
 一塁が空いているので埋めるか。
 いや、次は六番の多村だ。
 紅寧の情報によればクリーンナップと遜色ない実力の持ち主。
 一発を浴びれば、六点差。流石に試合が決まってしまいかねない。
 と、そこまで考えが及んだ瞬間、大智はその考えをかき消すようにかぶりを振った。
 ダメだ、ダメだ、弱気になってどうする。
 格上相手に三点ビハインド。
 逃げ腰になった瞬間、負けたと言っても過言ではない。
 強気で攻める。
 そう大智は自分に言い聞かせていた。
 二球目。
 大森は内角にミットを構えた。
 一塁が空いているので、安全策を取って外角攻めでもいいものをあえてリスクのある内角に構えた。
 つまり、大森は大智を信じ、強気で攻めて行く意思を示したのだ。
 そんな大森の姿に大智は口元を微かにニッと笑わせていた。
 大智がセットポジションから二球目を投じる。
 その球はまるで吸い込まれて行くかのように内角に構えていた大森のミットに収まった。
「ストライク!」
 球審の声が上がる。
 気持ちの込もった直球にスタンドが沸いた。