「頼むぞ。ここで相手に流れを渡すわけには行かないからな」
 投球練習を終えた後、大森がマウンドに来て言った。
「任せとけって。あと三回なんだ。きっちり三人ずつで終わらせてやるよ」
「頼んだぜ」
 大森はミットで大智の肩を叩く。
「おう」
 大智の自信に満ちた返事を聞いた大森は安心した様子で自身のポジションに戻って行った。

「フォアボール」
 球審が一塁を指す。
 先頭バッターが一塁へと向かった。
 大森はすぐさまタイムの申告をして、マウンドへと向かった。
「……何が、きっちり三人ずつで終わらせてやる、だよ! いきなりフォアボール出してんじゃねぇか! つか、一球たりともストライクゾーンにすら来てねぇよ」
「わりぃ、わりぃ。つい力んじまって」
 大智は焦りを隠すように頭の後ろを掻いていた。
「たくっ。頼むぜ……」
 大森は深くため息を吐いた。
「でも、もう大丈夫だ。次からはきっちり投げ込んでやるから」
「いきなり期待を裏切ってきたやつの言葉をどうやって信じろってんだよ」
 大森が顔を引きつらせて言うと、大智は口元を微かに笑わせた。
 かと思うと、すぐに大森から視線を逸らした。
「おいっ」
 大森は顔を引きつらせてツッコむ。
「冗談だよ」
「冗談言ってる場合か! たくっ、もう一点もやれねぇんだから、頼むぜ、ほんと」
「わかってるよ。尻拭いはちゃんと自分でするさ」
「頼んだぜ」
 大森は怪訝そうな顔を浮かべながらも、そう言うと、踵を返して自身のポジションに戻って行った。

 ノーアウト、一塁。
 大智がセットポジションに入る。
 一塁ランナーの動きを警戒しながら、一球目を投じる。
 先ほどの反省が生かされたリラックスしたフォーム。
 外角低めにストレートがバシッと決まった。
「ストライク!」
 審判の右手が上がる。
(投げれるんなら最初から投げろや!)
 という思いを込めて大森は強めの球を返球した。
 そんな大森の意思を汲み取ったのか、大智はボールを受け取ると、苦笑を浮かべていた。
 二球目。
 バッターは送りバントを試みる。
 それを呼んでいた千町バッテリーはインコース高めにストレートを投げ込んでいた。
 大智のストレートが相手のバットを弾いて後ろに飛んで行く。
 送りバント失敗。
 二ストライクと追い込む。
 三球目。
 遊び球なし。
 外角低めへ、縦のスライダー。
 相手のバットが空を切る。
 空振りの三振。
 この投球に千町高校側が一気に沸いた。
 これで勢いに乗った大智は、続く二人のバッターを空振りと、内野フライに抑え、フォアボールで出したランナーを一塁に残塁させ、この回を終えた。
 ベンチに帰って来たナインからは称賛の声が浴びせられる。
 皆、表情が明るくなっている。
 先頭バッターには出塁を許したものの、その後のバッターへのピッチングを見て、皆安心しているようだ。
 雰囲気も良い。
 流れは確実に傾きかけている。
 と思っていたが、流石そこは強豪校だ。
 簡単に流れは渡してくれなかった。
 七回の裏、七番から始まる下位打線。
 イケイケムードが漂い始めていた千町高校だったが、この回を三者凡退に切って取られてしまう。
 千町高校は中々流れに乗り切れない。

 八回の表。
 先の回で本調子を取り戻した大智。
 この回は先頭から本来の力を発揮する。
 それどころか残り二回とあって、先発で投げる時よりも球に勢いがある。
 力を全開にした大智はこの回を三者連続三振に切って取った。
 その圧倒的なピッチングに相手の空気感は変わっていた。
 二点リードしているはずだが、空気感に余裕がなくなっているように感じられる。
 大智のピッチングが流れを引き寄せつつあった。

 八回の裏。
 千町高校は一番の難波から始まる好打順。
 先頭の難波が甘く入って来たストレートを捉え、センター前ヒットを放つ。
 この試合初めて出塁。
 そのことが更に千町高校の雰囲気を明るくした。
 二番の遠藤はすかさず送りバントを決める。
 ここは確実に一点だけでも取っておきたい場面。
 その為、確実にランナーを進めることを選択した。
 三番の大智。
 相手からすると、次の上田の前にランナーは溜めたくないところ。
 何処かで必ずストライクを欲しがるはず。
 そう思った大智は狙った獲物を逃さまいとする獣のような目つきになっていた。
(来た!)
 初球、ボールからの二球目。
 ストライクゾーンに来た球を大智は迷わず振り抜いた。
 鋭いスイングから放たれた打球は高々と上がって行く。
 打球はグングンと伸びて行き、あっという間に外野のフェンスを越えて行った。
 同点ホームラン。
 大智はダイヤモンドを回りながらグッと小さくガッツポーズをしていた。
 大智がダイヤモンドを一周してホームに還って来る。
 次のバッターである上田とハイタッチを交わした。
「ナイスバッティング」
 上田が先に声をかけた。
「サンキュ。お前も続けよ」
「あぁ」
 上田は短くそれだけ言って、バッターボックスへと向かった。
 ベンチに帰った大智はチームメイトとハイタッチを交わしていく。
 ベンチはお盛り上がりだ。
 全員とハイタッチを終え、一段落し、大智はベンチに腰を下ろそうとした、その時だった。
 またしてもキーンッと鋭い金属音が球場に響く。
「あん?」
 グラウンドから目を外していた大智はスッと視線をグラウンドに向けた。
 ゴンッという音が球場に響く。
 上田が打ったボールはバックスクリーンへ飛び込んでいた。
「いや……、ほんまに続くんかい……」
 大智は唖然としながら、ダイヤモンドを悠然と回る上田の姿を見つめていた。
 これで四対三。
 千町高校ついに逆転。
 そして、九回の表。
「ストライク! バッターアウト! ゲームセット!」
 九回の表の守りを大智はきっちりと三者凡退で締めた。

 これでベスト八。
 決勝まで、あと二つ。