「はぁ、はぁ、はぁ……」
マウンド上で、岩田が息を荒くしている。
九回の表、二アウト、ランナーニ、三塁。
六対二。
バッターボックスには三番バッターが立っている。
一打同点という場面ではないが、ここで一打を許せば勢いは相手へと傾くだろう。夏の大会で最も怖いのは勢いだ。勢いに乗ったチームがどん底からの大逆転を披露することもあるし,、その反対も当然ある。勢いに呑まれたチームがあとアウト一つと勝利を目前としながらも、逆転を許してしまうことだってあるのが野球だ。
タイムアウトがない競技の面白さであり、怖さだ。最後のアウトを取るまでは何があるかわからない。それが、野球というスポーツなのだ。
(踏ん張れ、岩田)
ライトのポジションから大智は岩田に向けて念じる。
岩田が相手の三番へと初球を投じる。
相手の三番はそれを見逃す。
判定はボール。だが、大きくコースを外していたわけではなさそうだった。高さに関しては申し分なかった。おそらくコースが少しだけ外れていたのだろう。それにまだ球に力があった。肩で息をしているが、フォームも崩れてはいない。
大丈夫だ。
岩田が投じた球を見て、大智はそう感じていた。
岩田は最後の力を振り絞るように、ボールを投じる。
気持ちの入った球は相手のバットを弾くようにして、ファールゾーンへと飛んで行った。
ファールで追い込み、一球変化球を見せてからの次の球。
外角低めへと投げ込んだストレートがバシッという音を立てて、大森のミットへと収まった。
「ストライク! バッターアウト!」
審判の高らかなコールが響き渡った。
岩田は小さくガッツポーズをしながら、マウンドからホームへと向かっていた。
ゲーム終了の挨拶にホームに集まって来る千町ナインからは賛辞と労いの言葉がかけていた。
ライトを守っていた大智がホームに着く頃には、既に両チームの選手が集まり終わっていた。その為大智は岩田の背中をグラブでトンと叩いて、「ナイスピッチ」とだけ声をかけた。
大智が岩田とゆっくり話ができたのは、バタバタのベンチ交代を終え、球場を出てからだった。
「お疲れさん。ナイツピッチングだったな。特に最後の三番へのピッチング、気持ちが入ったいい球だったな」
「ありがとうございます。でもまだまだっす。今日の相手は特に打線が良いってわけでもないのに、ようようでしたし。全然納得のいくピッチングじゃなかったです」
「まぁ、それはそうなのかもしれが、粘り強い、いいピッチングだったと思うぞ」
「あ、ありがとうございます」
岩田は照れた笑みを浮かべていた。
「ちゃんと繋ぎましたから」
「ん?」
「後は頼みましたよ」
「おう。後輩があれだけ気持ちの入ったピッチングをしたんだ。今度は俺がお前らにカッコイイ背中を見せてやらないとな」
「しっかり勉強させてもらいます」
それを聞いた大智は、おう、と微笑んでいた。

「……ええっと、前回の俺のかっこつけたセリフ返してくんない?」
大智がライトのポジションから真顔で呟く。
三回戦。
やる気に満ちていた大智だったが、先発のマウンドには二回戦と同じく岩田が立っていた。
ただ、今回の相手は県内屈指の強豪校。打力は二回戦の相手よりも一段上だ。
藤原からは岩田と吉川の継投でいけるところまでいき、残りを大智が投げると告げられていた。岩田と吉川で最後までいけるならそれでよし。
準々決勝以降の戦いに向けて大智を温存する考えだ。
三回戦はベスト十六に残ったチームによる戦い。
ここからは、やはり一筋縄ではいかなかった。
初回。
立ち上がりを叩かれ、千町高校は二点を先制されてしまう。
反対に千町高校の攻撃は三者凡退で抑えられてしまった。
序盤の試合の流れは完全に相手に傾きかけていた。
二回。
相手の下位打線に対し、岩田は徐々にピッチングのリズムを取り戻していく。
そこで自分のリズムを取り戻した岩田は三回以降、ヒットを許しながらも、後続をきっちりと打ち取り、追加点を許さなかった。
一方、千町高校の攻撃はというと、ランナーを出すものの、後続が続かず、残塁が積み重なる歯がゆい状態が続いていた。
二回以降、硬直しかけていた試合。
試合の流れが再び動き出したのは六回だった。
疲れが見え始めた岩田を相手打線がすかさず攻め込んだ。
六回の表。
疲労の色が見え始めた岩田はこの回の先頭バッターをフォアボールで一塁へと歩かせてしまった。
そのランナーが足で岩田を揺さぶる。
リードの仕方を変えたり、走るフリをしたりするなど、岩田のリズムを崩しにかかってきた。
相手の罠にかからないように、と大森が岩田に声掛けをし、岩田もそれに頷いてはいたが、やはり相手の動きが目に入ると気になるようで、岩田は微妙なコントロールが定まらなくなっていた。
そんな岩田の隙をついて相手はエンドランを仕掛けてくる。
ボールが先行し、ストライクを取りに行った甘いストレートを痛打される。
打球は一、二塁間を抜けて行き、一塁ランナーは悠々と三塁を陥れた。
ノーアウト、ランナー一、三塁。
続くバッターは外野フライを放つ。
三塁ランナーはタッチアップ成功。
相手に三点目を許してしまった。
一アウト、一塁。
これ以上は点をやれないという焦りと疲労から、岩田は再びフォアボールを与えてしまう。
岩田はそこで交代となった。
一アウト、一、二塁。
左腕の吉川がマウンドに上がる。
今夏初登板の吉川だが、日頃から様々な場面でリリーフを担って来たこともあってか、それほど緊張している様子はない。
交代時に許されている七球の投球練習でもいつものピッチングが出来ていた。
バッターが打席に入ってからもそれは変わらず、吉川は持ち前の打たせて取るピッチングを発揮し、相手を注文通りの内野ゴロのゲッツーにして取った。
吉川の好リリーフで千町高校は六回を何とか一点で凌ぐことができたのだった。