「ストライク! バッターアウト!」
大智がこの日、九個目の三振を奪った。
「あのバカ、初戦から飛ばし過ぎだろ。結局、全部全力投球じゃねぇか」
藤原が難しい顔をしながら言った。
「まぁまぁ、初戦くらいいいじゃないですか。次の試合まで日にちもあるんですから」
隣でスコアを書いている紅寧がそれを宥める。
「それはまぁ、そうだが」
「おかげで皆、初戦の硬さもほとんどなく、こうして五回コールドを目の前にできてるんですから。今日くらいは大目に見て上げてください」
「わかったよ。じゃあ、試合が終わったら、黒田から褒めてやっといてくれ」
「私からですか?」
紅寧は首を傾げる。
「俺なんかが褒めるより、黒田に褒められた方があいつは嬉しいだろう。……いや、春野に限らず、皆そうか」
藤原はそう言うと、自嘲するようにふっと笑っていた。
「そんなことはないと思いますよ」
「ん?」
「監督から褒められたら嬉しいと思いますよ。皆、何だかんだ言って、監督のことちゃんと尊敬してますから」
「お世辞はいいよ」
「お世辞じゃありません。じゃなかったら、皆ここまで付いて来ていませんよ」
「皆が付いて来たのは春野だろ?」
「違います! 勿論、それもあるでしょうけど、監督が慕われてなかったら、みんなここまで頑張ってませんよ」
それを聞いた藤原は、照れくさそうに人差し指で頬を掻いていた。
「自信持ってください」
紅寧は藤原に優しく微笑みかけた。
(たくっ。こいつらには敵わねぇな)
藤原はそう思いながら、照れくさそうに後頭部を掻いていた。
千町高校は初戦を十対〇の五回コールドで勝利した。
守っては、大智が五回を二安打無失点、十奪三振。
打っては、初回から上位打線が繋がり、期待通りの猛攻を見せた。
終始、千町高校が相手を圧倒した戦いぶりだった。
緊張の大きい初戦でこの結果は大きな成果である。
「ナイスピッチング」
試合後、ストレッチをしていた大智の許に藤原が来て言った。
「……どうも」
大智はキョトンとしながらも、帽子を上げて会釈した。
その後、そのまま藤原をキョトン顔で見つめていた。
「ん?」
藤原が首を傾げる。
「いや、てっきり小言の一つでも言われるかと思ってたんで。初戦から飛ばし過ぎだー、とか言われそうだなぁって」
大智はわざとらしく、あはは、と笑った。
「自覚あったんかい……」
そんな大智の様子に藤原は苦笑していた。
「つい、気合が入り過ぎちゃったもんで」
大智は後頭部を撫でながら照れ笑いを浮かべて言った。
「たくっ……。でもま、そのおかげでチームに勢いがついたんだ。ほんと、ナイスピッチングだったよ」
「ありがとうございます」
大智は嬉しそうに笑って、礼を言った。
そんな大智の顔を見た藤原は、どことなく恥ずかしそうにしながら、他所を向いていた。
藤原は気持ちを作り直すと、再び大智と向き合った。
「次も頼むぞ」
「勿論。任せてください」
大智は自身の胸を叩いた。自信の表れだ。
「ま、次の先発は岩田だけどな」
それを聞いた大智はお笑い芸人の如く、ガクッと崩れた。
「いやいやいや。今の流れは次も俺が先発でしょ」
「投げたいのか?」
「はい」
「まっ、投げさせないけどな」
(じゃあ何で訊いたんだよ)
感情は表に出さないよう、心の内でツッコむ大智。
しかしながら、微かに顔は引きつっていた。
「ここは一先ず後輩に任せとけ。これから先、お前には嫌というほど投げて貰わないといけないんだからな」
「わかってます。全部一人で投げ切って優勝できるだなんて、俺も思ってませんから。それに、岩田も去年の夏に悔しい思いをしてますから。あいつも夏のリベンジの為に、この一年間、本当に良く頑張ってましたから。去年からの一年間の頑張りは、間違いなく岩田がチーム一です。あいつは必ず去年の借りを返しますよ」
そう言い切る大智を他所に、藤原は、うーん、と首を捻っていた。
「だと嬉しいんだがな……」
「何か心配事でも?」
「もちろん、俺もこの一年の岩田の努力は認めてるし、実力も格段に上がったと思っている。が、しかしだ。あいつは少々気負い過ぎるところがあるからな」
「大丈夫ですって。岩田を信じましょう」
大智はあっけらかんとして言った。
「一応訊くけど……大丈夫だと思う根拠は?」
「ないですよ。そんなもの」
大智は真顔で言う。
「だよな」
藤原は苦笑を浮かべながら冷汗を垂らしていた。
「俺らにできることは、あいつを信じて待っていてやることだけですから」
「ん?」
「マウンドって思っている以上に孤独な場所なんです。試合の行方を一身に背負うあの場所に立つと、時々プレッシャーに押しつぶされそうになる。周りからの声に励まされることもあるけど、その反面、その声に押しつぶされてしまいそうになることもあるんです。あの場所で感じる独特のプレッシャーに勝てるかどうかは、マウンドに立ったそいつ次第。俺ら、周りがしてやれることなんて何もない。ただ信じて待つ。俺らにできることなんてそれくらいしかないんですよ」
「なるほどな……」
藤原はしみじみとした様子で頷いていた。
「確かにそうかもしれんな。いくら周りが声をかけたところで、最終的にどうするか、どうなるかはそいつ次第だ。結局、そいつの為に周りの人間がしてやれることは信じて待っていてやることだけなのかもしれんな」
「えぇ。だから岩田は大丈夫です。この一年、一番自分に厳しかったあいつなら、プレッシャーになんて負けたりしません。あいつならやってくれるはずです。あいつなら……」
大智がこの日、九個目の三振を奪った。
「あのバカ、初戦から飛ばし過ぎだろ。結局、全部全力投球じゃねぇか」
藤原が難しい顔をしながら言った。
「まぁまぁ、初戦くらいいいじゃないですか。次の試合まで日にちもあるんですから」
隣でスコアを書いている紅寧がそれを宥める。
「それはまぁ、そうだが」
「おかげで皆、初戦の硬さもほとんどなく、こうして五回コールドを目の前にできてるんですから。今日くらいは大目に見て上げてください」
「わかったよ。じゃあ、試合が終わったら、黒田から褒めてやっといてくれ」
「私からですか?」
紅寧は首を傾げる。
「俺なんかが褒めるより、黒田に褒められた方があいつは嬉しいだろう。……いや、春野に限らず、皆そうか」
藤原はそう言うと、自嘲するようにふっと笑っていた。
「そんなことはないと思いますよ」
「ん?」
「監督から褒められたら嬉しいと思いますよ。皆、何だかんだ言って、監督のことちゃんと尊敬してますから」
「お世辞はいいよ」
「お世辞じゃありません。じゃなかったら、皆ここまで付いて来ていませんよ」
「皆が付いて来たのは春野だろ?」
「違います! 勿論、それもあるでしょうけど、監督が慕われてなかったら、みんなここまで頑張ってませんよ」
それを聞いた藤原は、照れくさそうに人差し指で頬を掻いていた。
「自信持ってください」
紅寧は藤原に優しく微笑みかけた。
(たくっ。こいつらには敵わねぇな)
藤原はそう思いながら、照れくさそうに後頭部を掻いていた。
千町高校は初戦を十対〇の五回コールドで勝利した。
守っては、大智が五回を二安打無失点、十奪三振。
打っては、初回から上位打線が繋がり、期待通りの猛攻を見せた。
終始、千町高校が相手を圧倒した戦いぶりだった。
緊張の大きい初戦でこの結果は大きな成果である。
「ナイスピッチング」
試合後、ストレッチをしていた大智の許に藤原が来て言った。
「……どうも」
大智はキョトンとしながらも、帽子を上げて会釈した。
その後、そのまま藤原をキョトン顔で見つめていた。
「ん?」
藤原が首を傾げる。
「いや、てっきり小言の一つでも言われるかと思ってたんで。初戦から飛ばし過ぎだー、とか言われそうだなぁって」
大智はわざとらしく、あはは、と笑った。
「自覚あったんかい……」
そんな大智の様子に藤原は苦笑していた。
「つい、気合が入り過ぎちゃったもんで」
大智は後頭部を撫でながら照れ笑いを浮かべて言った。
「たくっ……。でもま、そのおかげでチームに勢いがついたんだ。ほんと、ナイスピッチングだったよ」
「ありがとうございます」
大智は嬉しそうに笑って、礼を言った。
そんな大智の顔を見た藤原は、どことなく恥ずかしそうにしながら、他所を向いていた。
藤原は気持ちを作り直すと、再び大智と向き合った。
「次も頼むぞ」
「勿論。任せてください」
大智は自身の胸を叩いた。自信の表れだ。
「ま、次の先発は岩田だけどな」
それを聞いた大智はお笑い芸人の如く、ガクッと崩れた。
「いやいやいや。今の流れは次も俺が先発でしょ」
「投げたいのか?」
「はい」
「まっ、投げさせないけどな」
(じゃあ何で訊いたんだよ)
感情は表に出さないよう、心の内でツッコむ大智。
しかしながら、微かに顔は引きつっていた。
「ここは一先ず後輩に任せとけ。これから先、お前には嫌というほど投げて貰わないといけないんだからな」
「わかってます。全部一人で投げ切って優勝できるだなんて、俺も思ってませんから。それに、岩田も去年の夏に悔しい思いをしてますから。あいつも夏のリベンジの為に、この一年間、本当に良く頑張ってましたから。去年からの一年間の頑張りは、間違いなく岩田がチーム一です。あいつは必ず去年の借りを返しますよ」
そう言い切る大智を他所に、藤原は、うーん、と首を捻っていた。
「だと嬉しいんだがな……」
「何か心配事でも?」
「もちろん、俺もこの一年の岩田の努力は認めてるし、実力も格段に上がったと思っている。が、しかしだ。あいつは少々気負い過ぎるところがあるからな」
「大丈夫ですって。岩田を信じましょう」
大智はあっけらかんとして言った。
「一応訊くけど……大丈夫だと思う根拠は?」
「ないですよ。そんなもの」
大智は真顔で言う。
「だよな」
藤原は苦笑を浮かべながら冷汗を垂らしていた。
「俺らにできることは、あいつを信じて待っていてやることだけですから」
「ん?」
「マウンドって思っている以上に孤独な場所なんです。試合の行方を一身に背負うあの場所に立つと、時々プレッシャーに押しつぶされそうになる。周りからの声に励まされることもあるけど、その反面、その声に押しつぶされてしまいそうになることもあるんです。あの場所で感じる独特のプレッシャーに勝てるかどうかは、マウンドに立ったそいつ次第。俺ら、周りがしてやれることなんて何もない。ただ信じて待つ。俺らにできることなんてそれくらいしかないんですよ」
「なるほどな……」
藤原はしみじみとした様子で頷いていた。
「確かにそうかもしれんな。いくら周りが声をかけたところで、最終的にどうするか、どうなるかはそいつ次第だ。結局、そいつの為に周りの人間がしてやれることは信じて待っていてやることだけなのかもしれんな」
「えぇ。だから岩田は大丈夫です。この一年、一番自分に厳しかったあいつなら、プレッシャーになんて負けたりしません。あいつならやってくれるはずです。あいつなら……」