空から降り注がれる光が、オレンジがかった色に変わっていた。
 大智は病室のベッドの上から、じっと窓の外を見つめていた。
 左足の骨折。全治三か月。元の状態に戻れるまでには、そこから更に一か月は必要だと言われた。
 この夏はもう投げられない。
 それどころか、秋大にも間に合わない。
 くそっ、くそっ、くそっ!
 大智は歯を食いしばり、自身の太ももを殴りつけた。
 コン、コンとドアを叩く音がする。
 その音で大智はハッと冷静さを取り戻し、すぐに、はい、と返事をした。
 ドアが開き、愛莉が部屋に入って来た。
 浮かない顔を浮かべている。
「愛莉……」
 大智は呟くように愛莉の名を呼んだ。
「試合……終わったよ」
 それを耳にした瞬間、大智は心臓がドキッと大きく一度鼓動するのを感じた。それを合図に心臓がドクドクとはっきりとした鼓動を打ようになった。
 大智は恐る恐るといった様子を浮かべ、愛莉に訊いた。
「どう……なった」
 愛莉は黙り込む。
 その様子を見て大智は、これから愛莉の口から告げられるであろうことを受け入れる心の準備をした。
「ダメ……だった」
「……そうか」
 大智は再び窓の外に目を向けた。
 愛莉の様子から予想はしていたが、実際にその言葉を聞くと、思った以上に落胆が大きかった。
「負けた……か」
 愛莉は、うん、と静かに頷いた。
「大智が運ばれた後、八回の表は十番の子が投げたんだけど……」
 十番……岩田か。
「逆転されちゃった。先頭打者をフォアボールで出して、そこからガタガタっと。スタンドから見ていても緊張しているのがわかったし、相当責任を感じているんじゃないかな。試合が終わった後、一人では歩けないくらい泣いてたし」
「そうか……」
 きっと相当なプレッシャーがかかっていたはずだ。
 ベンチから見ていて、相手がピッチャーを狙っているのもわかっていただろう。
 そのプレッシャーもあったに違いない。
 しっかりケアしてやらないとな、と大智は岩田を思い浮かべながらふと考えていた。
「足……どうだった?」
 翌日の手術までの応急処置が施された大智の左足を見ながら愛莉が訊いた。
「全治三か月だと。んで、今までみたいに動けるようになるには、そっから更に一か月かかるらしい」
 愛莉は一瞬目を見開いて驚いた様子を浮かべたが、すぐに、そっか、と言って俯いた。
 ある程度予想はしていたのかもしれない。
「当然、秋大には間に合わない。実質、俺の今シーズンは終了ってわけだな」
 大智は自虐的に、ははっ、とから笑いを浮かべた。
 悔しさを紛らわすように。
「大智……」
 愛莉は悲しそうな目で大智を見つめる。
「剣都との対決も来年の夏までお預け……か。しかも四か月のブランク付きだ。なかなか厳しいな」
 大智は、ふっ、と息を吐くように苦笑した。
「大丈夫。大智なら埋められる」
 愛莉が大智をまっすぐ見つめながら言った。
「おいおい、相手は剣都だぞ。口で言う程簡単じゃねぇよ」
「大智ならできる」
「いや、だから……」
「できる!」
 愛莉は大智から目を逸らさない。
 ずっと真っすぐ大智を見つめている。
 そんな愛莉の真っすぐな目に大智は、ふーっ、と息を吐いて、肩の力を抜いた。
「不思議だな」
「何が?」
「愛莉に、できる、って言われたら、何かできそうな気がしてくるよ」
 大智がそう告げると、愛莉はふっと微笑みを浮かべた。
「約束、叶えてくれるんでしょ?」
「あぁ、勿論」
「じゃあ、弱気になってる暇なんてないぞ。今の間にも剣都はどんどん成長していってるんだから。大智も入院している間にできること考えないと。時間も剣都も待ってはくれないぞ」
「だな。うしっ!」
 大智は自身の顔をパチッと叩いた。
「あ、でも絶対に無茶は禁止だからね」
「あん?」
「あん? じゃない! もし、疲労骨折でもしたら、それこそ来年の夏も出られなくなっちゃうでしょ」
「あぁ、そりゃま、確かに」
「無茶する気満々だったでしょ」
「そりゃ、剣都との穴を埋めようと思ったら多少の無理はしないとな」
「多少で済めばいいけどね。大智、放っといたら壊れるまで無茶するんだから」
「そこまで俺もバカじゃねぇよ」
「どうだか……。まぁ、今は紅寧が近くで見てくれてるからそこまで心配はしてないけど」
「そうそう、だから心配すんな」
 大智は少しだけ口角を上げて、微笑んだ。
「待ってろ。来年の夏は絶対に、俺と剣都で最高に熱い戦いを見せてやるから」
 大智がそう言うと、愛莉は優しく微笑み、うん、とゆっくりと一度、頷いた。