「おいおい。どこだって?」
 相手チームの北山東高校の監督が唖然とした様子で呟く。
「へ? ここは市営球場ですけど」
 隣にいるスコアラーの女子生徒がそれに答えた。
「んなことわかっとるわい。今戦っとる相手はどこだって意味じゃ」
「どこって……千町高校ですけど……」
 ストライク! バッターアウト!
 北山東のバッターが空振りの三振に倒れた。
 現在、試合は七回の裏、二アウトランナーなし。
 千町 八対0 北山東
「去年まで人数ぎりぎりじゃったのに、これはどういうことなんだ」
「さ、さぁ? 私に言われても」
「特にあのクリーンナップ。何であんなのが、千町なんてド田舎の県立校におるんなら」
「いや、だから、私に言われても……」
 ストライク、バッターアウト!
 審判の右手が上がる。最後のバッターが見逃し三振に倒れた。
 七回コールド勝ちに沸き立つ千町高校スタンド。
 皆、自然と手を取り合って喜んでいた。

「ふー。やっぱ初戦は緊張したなぁ」
 球場を出て、荷物を降ろした大智が、ほっと一息吐いて呟いた。
「こいつ、緊張って言葉の意味知ってんのかな?」
 大智を指差しながら大森が紅寧に訊く。
「多分、知らないんじゃないですかね」
 紅寧は苦笑する。
「おいおい。俺を何だと思ってんだよ。俺だって緊張くらいするぜ」
 大智は怪訝そうな表情を浮かべる。
「よく言うぜ、あんなピッチングしておいて。七回二安打完封、四球も一つだけ。ヒット二本は当たり損ないのポテンヒット。おまけに七回で三振が十五個。これのどこに緊張していた要素があるんだよ」
 大森の話を聞くと、大智は途端にキョトンとして黙ってしまった。
「ん? どうした?」大森が訊いた。
「いやー、改めて数字で聞くと、我ながら素晴らしい内容ですな」
 大智は後頭部に手を当てて、照れた様子で笑顔を見せた。
「褒めるな、褒めるな。自分で自分を」
 そう言って、大森は顔を引きつらせる。
 すると大智は途端に真面目な顔になった。
「何言ってんだ。自分が自分を褒めてやらんで誰が褒めてやるんだよ」
「それは確かに」
 紅寧はポンと一つ手を叩いた。
「おいおい、紅寧ちゃんまで……」
 大森は苦笑を浮かべた。
「真面目な話に戻すと、確かに今日はコントロールがいまいちだったよね」
 紅寧が改まった様子で、話を本題に戻した。
「そうそう。まぁ、今日の大智の球なら相手がどこでもコントロールはさほど関係なかっただろうけどな」
「ダメです。今日は相手に助けられただけ。あれだけ三振してるのに、何の策もないんですもん。上に行ったら絶対に後半に捕まりますよ。ただでさえ、ベスト八からは試合と試合の間が短くなるんですから」
「流石。厳しいね、紅寧ちゃんは」
 そう言って、大森は冷汗を垂らす。
「ま、紅寧の言う通りだわな。俺らが目指すのはあくまで甲子園出場。つまりこの大会で優勝することじゃからな。今日はちょっと雑になったところは確かにあったな」
「おかげで無駄球を投げずに済んだってのはあるけどな」
「ま、今日のピッチングは賛否両論ってことで、次に生かして行こうぜ。んでその次の相手はどうなってる? 確か今日、他球場でやってるんだよな?」
「ちょっと待ってね。ええっと……。あ、瀬川だって。スコアは……、七対四。これといった特徴は特になし。普通のチーム。普段通りやれば大丈夫。だって」
「だって? 誰か知り合いにでも観に行ってもらってたのか?」
 大智が訊く。
「うん。頼んでビデオ撮ってもらってるんだ」
「へー。そりゃ、ありがたいな」
「うん。今日、これからまとめて、明日持っていくね」
「今日、これこれからまとめて、明日? おいおい、大丈夫か? 無理するなよ」
 大智は心配そうに紅寧を見つめる。
「大丈夫、大丈夫。次の試合まで時間があると言っても、四日しかないんだから。早いに越したことはないでしょ? それに次の試合は一年生の二人が投げるんだから、準備できることはしておかないと。何が起きるかわからないし」
「それはまぁ、そうだが……」
 それでもまだ大智の心配は拭えていなかった。
「もう、大兄心配し過ぎ。本当に大丈夫だから」
 そんな大智に対して紅寧は少し語気を強めて言った。
 それを受けて、大智は表情を緩めた。
「わかったよ。ありがとうな」
「お礼なんていいよ。私は、私がチームの為にできることをやってるだけなんだから」
 それを聞いて、大智は小刻みに頷く。
「そっか。そうだよな」
 大智は紅寧に向けて微笑んで見せた。