「おーい、大智―っ」
 廊下を歩く大智は後方から聞こえてきたその声に反応し、後ろに振り返った。
 そこには、背丈は小柄だが、体つきはがっちりとしている少年の姿があった。彼は大智の許へと向かってきていた。
「よう! 野球センスはあるのに背が小柄だからという理由で強豪校からの誘いがほとんどなく、俺と一緒に千町で下剋上を目指すことにした、中学時代からの相棒、大森じゃないか」
 大智が説明口調で言う。
「いや、誰に説明してんだよ」
 大森は苦笑を浮かべていた。
「そんなことより。どうすんだよ、野球部」
 大森が続けて言う。
「説明しよう。千町高校野球部は田舎にある地元に密着した高校で、この少子化や野球人口の減少の影響をモロに受け、絶賛、人数不足なのであ~る!」
「……いや、だから誰に説明してんだよ」
 大森は再び苦笑を浮かべながら大智を見ている。
「どうするもこうするも、とにかく人を集めるしかないだろ? 最低でもあと二人、何とかしないとな……」

 それは昨日のこと。
「すみません。野球部の部室ってここであってます?」
 大智は野球部の部室だと思われるドアを開いて中に入った。大智の後ろには大森の姿もある。
 ドアが開き、大智が中に入ると、部室内にいた五人は一斉に大智の方を見た。そして、五人のうちの一人が慌てて大智の方に駆け寄って来た。
「もしかして、入部希望者!?」
「そうです」
 側に寄って来た部員の質問に大智が答える。
「あ、俺もです」
 大智の後ろから大森が顔を出した。
「おぉ」
 大智の許に駆け寄ってきた部員は大智と大森が入部希望者だとわかると、嬉しそうにそれぞれの手を順に手に取って両手で握手をした。
「あ、そうだ。自己紹介しないとだよね。キャプテンやってます、小林です。とりあえず二人の自己紹介をお願いできるかな?」
「はい、勿論」
 大智はニコッと笑った。
「潮窓《うしおまど》中出身、春野大智。ポジションはピッチャーです」
「へ?」
 大智の自己紹介を聞いた小林は目を丸くしたまま固まっていた。
「同じく潮窓中出身、大森雅之。ポジションはキャッチャーです」
「はい?」
 小林は大森の自己紹介を聞くと更に驚きの表情を浮かべていた。
「えぇっと、潮窓中の春野と大森って、もしかして、あの春野と大森?」
「えぇ、多分。ご想像頂いている通りかと」
 大智が答える。
「あのって何のこと?」
 部屋の奥にいる四人の部員のうちの一人が周りに訊いている。
「いや、お前知らねぇの? 去年、潮窓中が中学野球県大会で優勝した時のバッテリーの春野と大森だよ」
 質問者の側にいた一人がそれに答える。彼も小林同様に驚きの表情を浮かべていた。
「えぇ~~~」
 大智たちの正体を知った部員が突然、声を大にして驚きの声を上げた。
「そ、そんな二人がどうしてうちの高校なんかに?」
 小林が焦った様子で大智に訊く。
「地元の高校で野球がしたかった。じゃあダメですかね?」
「い、いや、ダメってことはないけど……。でも、うちは人数も揃ってないし、なかなか試合もできないよ?」
 小林が気まずそうな顔をしている。
「人は俺たちが何とかします。俺たちに任せてください」
 大智は胸を叩いて、自信満々な表情を浮かべた。

「まぁ、頑張れば何とかなるんじゃないか?」
 回想から戻った大智が言う。
「何とかなるって、お前な。そもそも、うちの野球部が人数不足なのは通学エリアの奴なら誰だって知ってることだろ? うちの高校に本気で甲子園目指して野球やろうなんて奴はいないぞ」
 大森は険しい表情をしている。
「いいんだよ、最初は本気で目指してなくても。始めてから、自分達も頑張れば甲子園にいけるかもって希望を持ってもらえればな。希望が必要なんだよ。この学校には。いや、この町には、な。俺とお前がいるんだ。できないことはないだろ?」
 大智はキリとした目と口角を上げた顔を大森に向けた。
「それはそうかもしれんけど……」
 大森はあまり納得していない様子で、眉をひそめている。
「ま、とりあえず夏までには間に合わせようぜ。夏の大会で少しでも名を挙げれば、来年の春に入って来る新入生にも少しは期待が持てるだろうしな」
「わかったよ。で、どうやって人を集める気なんだ?」
 大森は首を傾げて大智に訊いた。
「とりあえず、無難にポスターとチラシからいくか」
「まぁ、そうだよな。ん? でも、デザインはどうするつもりなんだ? 俺もお前も絵とかデザインのセンスは全くだろ?」
「大丈夫。適任者がいるだろ?」
 大智は口元をニッとさせて笑った。
「あぁ、なるほど。愛莉ちゃんに頼むわけか」
 大森が納得いったという表情を見せる。
「そういうこと。そうと決まれば行こうぜ」
 大智がそう言い終わると二人は早速、愛莉を探しに向かった。

「愛莉―っ」
 教室の入り口で大智が大きな声で愛莉の名を叫ぶ。
 教室内にいた愛莉は慌てて大智の許に駆け寄った。
「ちょ、ちょっと。大きい声で呼ばないでよ。恥ずかしい」
 愛莉は大智を捕まえると、教室から逃げるように出て行った。愛莉は大智の腕を引きながら人気のない場所まで移動した。
「すまん、すまん。探すのが面倒だったもんで、つい」
 大智は愛莉が振り返ると、頭を掻きながら、笑って謝った。
「もうっ」
 愛莉が大智を睨む。
「まぁまぁ、愛莉ちゃん」
 側にいた大森は愛莉を宥めに入った。
「あら、勉強はダメだけど、野球脳は抜群。中学時代は大智と剣都がいて目立たなかったけど、県大会優勝の陰の立役者だった大森君じゃない。こんにちは」
 愛莉は大森にニコッとした笑顔向けた。
「いや、だから誰に説明してんの」
 大森は大智の時と同様に、苦笑を浮かべながら愛莉にツッコミを入れた。
「この物語を読んでくれている心優しい読者の方々にですね……」
 愛莉が真顔で言う。
「はい?」
 大森はまた苦笑いを浮かべていた。
「そんなことより、愛莉。部員募集のポスターとチラシのデザインをしてくれないか?」
 話をしている二人の横から大智が入ってくる。
「私が?」
 愛莉は首を傾げて訊き返した。
「あぁ、頼むよ。ほら、俺ら二人とも絵とかデザインの才能ないだろ?」
 大智からそう言われ、愛莉は自身の記憶を辿った。
 確かに大智は昔から絵を描くのが得意ではなかった。寧ろ下手だと言い切ってもいいくらいだ。大智の絵に愛莉は何度も度肝を抜かれた。大森に関してはそこまでのインパクトではなかったが、確かにお世辞にも上手いとは言い難いレベルではあったことを愛莉は記憶していた。
「……確かに。でも、私もそういうのを描くのは初めてだから、上手く描けるかどうかわからないよ?」
 愛莉はそう言って不安げな表情を浮かべていた。
「大丈夫、大丈夫。俺らがやるよりもいいのができるのは間違いないからな」
 愛莉の不安を他所に大智は楽観的に笑っている。
「そうそう。俺らが描いたやつじゃ、来るものも来なくなってしまうからな」
 大森もそう言う言いながら笑っていた。
 そして、大智と大森は顔を見合わせると、二人してわははっと声を上げて笑った。
「二人とも潔いんだね……」
 愛莉はそんな二人の姿を、苦笑いになって見ていた。
「わかった。じゃあ、週明けまでにデザインの案を考えとくから」
「描いてくれるのか?」
 大智は愛莉の言葉を聞くと、笑うのを止め、喜びと驚きの表情を浮かべていた。
「うん。二人がやると凄いことになりそうだし。それに、私にできることなんてこれくらいしかないから……」
 愛莉は俯きながら少し寂しそうな表情になっていた。
「十分だよ。ありがとな、愛莉」
 大智は愛莉の表情を見て、優しい微笑みと声を愛莉に送った。
 大智の声を聞いて愛莉が顔を上げる。
「ううん。頑張ってね、大智」
 愛莉の顔にも優しい微笑みが浮かんでいた。