「おめでとう」
 試合を終え、すっかり日が暮れた頃に帰宅して来た剣都に愛莉が嬉しそうに微笑みながらお祝いの言葉をかける。
「ありがとう」
 剣都も嬉しそうにお礼の言葉を返した。
「帰って来るの、わざわざ待っていてくれたのか?」
「うん。だって、ちゃんと会っておめでとうって言いたかったから」
「そっか。ありがとうな」
 剣都は穏やかな笑顔を浮かべる。
「でも、見に来てたんだから、球場にいた時に言ってくれれば良かったのに」
 剣都がそう言うと、愛莉は表情を曇らせた。
「だって、試合が終わってから剣都、ずっと忙しそうにしてたから。おまけにファンの子達に囲まれちゃってたし……」
 愛莉はそう言って頬を膨らませる。
「ごめん、ごめん。そうだったな」
 剣都は頭を掻きながら申し訳なさそうに謝った。
「まぁ、それは一旦置いとくとして……。本当におめでとう。本当に行くんだね、甲子園」
 愛莉が穏やかな表情に戻って言う。
「あぁ。正直、まだ実感は湧いていないけどな」
 剣都は本当にそのように感じているようで、まだどこか他人事のようにも聞こえる。
「まさかこんなにも早くあの日の約束が叶うなんてね。ちょっとびっくり」
「ほんとにな。まぁでも、今年は出来上がってた先輩たちのチームに入れてもらったって感じだからな。正直、約束を叶えたって気はしないな」
「でも、あれだけ活躍したんだから、十分優勝には貢献してるでしょ?」
「いや、先輩たちが積み重ねて来たものに比べたら全然だよ。そりゃあ、成績だけ見たら、確かに十分な貢献ができたんかもしれんけど、それ以外の目に見えない部分とかも含めたら、今回の優勝に関する俺の貢献度なんて微々たるもんだよ」
「そうなの?」
「あぁ。今回俺は好き勝手に打たせてもらってただけだしな。それに、あれだけ打てたのも後ろに頼りになる先輩たちがいたからだしな」
「……そっか」
「そ。だから今回の出場は約束とは関係なし。大智にもそう伝えとくから」
 剣都の言葉を聞いた愛莉は思わず、「ふふっ」と吹き出してしまう。
「ん? どうした?」
 愛莉が笑うのを見た剣都は驚いたように理由を訊いた。
「ごめん。剣都が言った言葉が、大智が言ってた通りだったから」
「大智の?」
 剣都が眉を顰める。
「うん。前にね、大智と話をした時、多分、剣都は今年甲子園に出たとしても、それは先輩たちのおかげだから今回の出場は約束とは関係なしだって言うだろうって。そう大智が言ってたの。それがそっくりそのまま当たってたから、つい」
「あいつ……。たくっ、良くわかってんじゃねぇか」
「流石は幼馴染だね」
「だな。まぁ、心を見透かされていたみたいで、ちょっと悔しい気もするけどな」
「わかりやす過ぎるんだよ。お前は」
 二人の許に大智がやって来る。
「大智!」
 愛莉と剣都が声を揃えて言う。
「よう!」
 大智は右手を上げてそれに答えた。
「何しに来たんだよ。せっかく愛莉と二人っきりだったのに」
 剣都が眉を顰める。
「だと、このやろ。せっかく人が一言祝ってやろうと思って来てやったってのに」
 大智が眉間に皺を寄せる。
 その瞬間、剣都は表情を和らげた。
「冗談だよ。サンキュウな」
 剣都はにこやかな笑顔でお礼を言った。
「これで約束はお前の勝ちってことだな」
 大智が言う。
「は?」
 それを聞いて剣都は首を傾げた。
「は? ってお前。愛莉との約束叶えたじゃねぇか」
 大智が怪訝そうに告げる。
「ば~か。今年は先輩たちのおかげだから約束は関係ねぇよ。お前、愛莉に俺ならそう言うだろって言ったんだろ?」
 剣都は不服そうに返事を返した。
「は? 愛莉、話したのか?」
「うん……。ごめん」
「いや、謝ることじゃねぇけど……。てか、なら早く言ってくれよ」
 大智は恥ずかしそうに顔を二人から逸らしていた。
「いや、だからすぐに言ったじゃねぇか」
「恥かいたじゃねぇか」
 大智は剣都のツッコミなど構わず言った。
「幼馴染しかいないのに今更何の恥かくってんだよ」
 剣都がツッコむ。
 それを聞いて、大智は二人を見つめる。
「……それもそうだな」
「てか、お前、もしかして愛莉との約束が早い者勝ちだと思ってんのか?」
「剣都はそう思ってないのか?」
「当たり前だろ。愛莉は自分を甲子園に連れて行ってくれた方って言ったんだぞ。先になんて一言も言ってねぇだろ? だからお前、千町を選んだんじゃないのか?」
「ね?」
 愛莉が大智にアイコンタクトを取る。
「えぇ~。マジで俺だけ?」
 大智はショックを受けていた。
「あん?」
 剣都が首を傾げる。
「この話も前に大智としてたの。約束を早い者勝ちだって勘違いしてるのは大智だけだって。剣都はきっとわかってるだろうってね」
「は? じゃあ、もしかして、大智は愛莉が先に甲子園に連れて行った方を選ぶと思っていながら、千町に進学したのか?」
「勿論」
 大智は真顔でこくりと頷く。
「呆れた~。お前、良くそんな大胆な賭けに出たな」
 剣都は驚きを隠せない様子である。
「だって、その方が面白いだろ?」
 大智は驚く剣都を他所にニッと笑う。
「たくっ。もし、三年間対戦がないまま、俺が甲子園に行ってたらどうするつもりだったんだよ」
「それはねぇだろ」
「は? 何で?」
 剣都が眉間に皺を寄せて訊く。
「だって、勝ち続ければ、必ずいつかは当たるだろ?」
 大智はそう言うと、ドヤ顔をして見せた。
「おまっ。ただでさえ、人数がギリギリだってのに、良くそんなことを、んなドヤ顔で言えるな」
 剣都が呆れたように言う。
「そこは何とかなるかなと思ってたからな」
 大智は開き直った笑顔で告げる。
「お気楽な……」
 剣都は呆れた目で大智を見つめた。
「まぁ、でも、早い者勝ちじゃないってわかったからな。今年の秋は出場を辞退することにしたよ。一か月じゃ人を探すのだけでも一苦労しそうだしな。その分、来年の夏に向けて、しっかりと基礎体力を鍛えるつもりだ」
「そうか。まぁ、残念だけど、しょうがねぇな。なら、来年の夏、楽しみに待ってるからな」
 剣都はそう言うと、真っすぐな目を大智に向けた。
「あぁ。だから今年、甲子園でしっかり打って帰って来いよ。来年の夏はお前がこっちで留守番だからな」
 大智が口元をにっとさせる。
 それを見て剣都は、表情をキュッと引き締める。
「ふん。前半の言葉は有難く受け取っとくけど、後半は聞き捨てならんな。来年も甲子園に行くのは俺だよ」
「いいや、俺だ」
 大智は剣都の言葉に被る勢いで言い返した。
「俺だ」
 剣都は眉間に皺を寄せて言い返す。
 それを受けて、大智は顔をムッとさせる。
「いいや、俺だ」
「お・れ・だ!」
 剣都が返す。
「はいはい。もう、喧嘩しないの」
 愛莉が仲裁に入り、二人の喧嘩を止めた。
「たくっ。二人共、昔と何も変わってないじゃない」
 愛莉にそう言われた二人は、気まずそうに目を背け、顔を掻く。
 そんな二人の様子を見て、愛莉はくすっと笑った。
「何だよ」
 大智が低い声で訊く。
「ごめん、ごめん。何だか少し懐かしくって。あの時も二人、こうやって喧嘩してたよね」
 愛莉は昔を懐かしむように微笑んだ。
「そうだったっけ?」
 大智が剣都に訊く。
「さぁ、よく覚えてねぇな。何しろガキの頃は喧嘩ばっかしてたからな」
 そんな二人の会話を聞いていた愛莉は表情をムッとさせた。
「そうだったの! 二人は当事者だからほとんど覚えてないのかもしれないけど、私はあの時のことをよく覚えてる。だから、さっきの喧嘩が何だか凄く懐かしかった」
「そっか……。で、どう思った?」
 剣都が訊く。
「え?」
「今の喧嘩。ガキの頃の喧嘩の様子と見てて同じ気持ちだったか?」
 剣都にそう問われた愛莉は、少し考えてから、話を始めた。
「……ううん。今と昔、言ってることは一緒だったけど、今の言葉にはちゃんと重みが感じられた。あの頃はまだ二人の言うことを半信半疑で聞いてたけど、今は違う。先輩たちのチームに加わっただけとは言え、その中でちゃんと活躍して甲子園出場を決めた剣都。その剣都のいるチーム相手に九人ギリギリの即席チームで挑んで、格上の相手を最後の最後まで追い詰めた大智。喧嘩の様子は同じでも、今の二人の姿は、昔と比べ物にならないくらい頼もしくて、カッコイイよ」
 愛莉は言い終わると、二人に向けてニコッと笑った。
 そんな愛莉の言葉と笑顔を受け取った、大智と剣都の二人は、一様に顔を火照らせ、愛莉に見惚れていた。
「ん? どうしたの、二人共。顔を赤くして固まったりして」
 不思議そうに二人の様子を見つめる愛莉。
「え? あ、いや。何でもねぇよ。なぁ?」
 先に大智が我を取り戻し、口を開く。
「お、おぉ。何でもねぇ」
 剣都も慌てて口を開いた。
 二人のどぎまぎした姿に愛莉は首を傾げる。
「変なの。じゃあ、私、そろそろ帰るね」
「おう。今日はありがとうな」
「うん。大智はどうする?」
「ん? あぁ、俺もそろそろ帰るかな。じゃあな剣都」
「おう。しっかり練習しろよ」
「お前もな。テレビの前で応援しててやるから、しっかり打てよ」
「せっかくなんだから大智も来たらどうだ?」
「そうだね。せっかくだから大智も行こうよ、応援。球場を生で見たらモチベーションが更に上がるかもよ?」
「行かねぇよ。三年の夏ならともかく、ライバルをスタンドで指くわえて応援なんかできるかよ。それに時間が勿体ねぇ。来年に向けてやらないといけないことは山積みだからな」
「そっか。残念だけど、俺がお前の立場でも同じことを言ってた気がするよ」
「間違いないな」
「じゃあ、ま、来年の夏、楽しみにしてるからな」
「おう。待ってな。すぐに追いついてやるから」