金属音が球場に響き渡る。
その音と同時に港東高校スタンドからは大歓声が上がった。
打たれた大智はボールの行方を追っていた。
剣都が捉えたボールはレフト線上空を飛んで行く。
スタンド目がけてぐんぐんと伸びていく打球はポールの手前で左へと切れて行った。
ファールボール。
三塁塁審が頭上で両手を大きく広げている。
「あっぶね~」
大智はボールの行方を見つめながらホッとしたように肩を撫で下ろしていた。
「公式戦の初打席ぐらい、緊張しやがれ!」
大智が二球目を投げる。
鋭い金属音が響いた後すぐに、ボールがバックネットを揺らした。
「ちっ。なんちゅうスイングしやがる」
大智がキッとした目つきで剣都を見ながら呟く。
一方の剣都は口元を緩ませて大智を見ていた。
そんな剣都の顔を見た大智はギュッと唇を噛みしめて剣都を睨みつけた。
三球目。
真向勝負に無駄球はなし。
三球勝負。
ストライクゾーンに向かって来る大智の球を剣都は迷うことなく打ちにいった。
剣都の綺麗なスイングが大智の球を捉える。
剣都のバットが捉えたボールはセンター方向へ高々上がっていく。
球場にいる皆の視線が一様にその打球へと注がれていた。
そんな中、打たれた大智だけは、まるでその球の行方がわかっているかのように、投げ終わったファームのまま、ギリッと奥歯を噛みしめていた。
打球は勢いを落とすことなく、ぐんぐんと伸びていく。そして、バックスクリーンへと飛び込んだ。
その瞬間、港東高校サイドからは割れんばかりの大歓声が上がった。
得点した際の定番の音楽と喜びを表すようにメガホンを叩く音が球場全体を覆う。
そんな大歓声の中、剣都は悠々とダイヤモンドを回っていく。その顔は一見、冷静そうに見えるが、秘かに口元を綻ばせているようだった。
ダイヤモンドを一周した剣都がホームへと還って来る。
剣都がしっかりとホームベースを踏んだことを確認した大森は、マウンドから、ボールが飛び込んで行ったバックスクリーンを見つめている大智の許へ向かった。
「公式戦初打席にして初ホームラン。これ以上ない、ど派手なデビューだな」
マウンドに着いて早々、大森は大智の背中に向けて言った。
「けっ。ど派手過ぎんだろ。強豪校で一人だけ一年生で出てんだから、少しは緊張しろってんだ」
大智が顔をしかめながら言う。
「そうならないから一年から試合に出れてんだろ? それに……」
「それに?」
大智が首を傾げて訊く。
「お前が相手だからだよ」
「あん?」
「大智が相手だからいつも通り、いや、それ以上のスイングができたんだろ。じゃなかったら、普通あの球をあそこまで飛ばせやしねーよ」
大森がバックスクリーンを見ながら言う。
「力負けってことか……」
大智は天を仰いだ。
それを見た大森は大智の左肩に自分の右手を添えて言った。
「気にすんな。まだまだ始まったばかりだ。試合も。お前らの戦いもな」
大森はそう言って大智に微笑みかけた。
「そうだな」
大智はそう言いながら帽子を深く被り直した。
「ま、なんにせよ、一先ず勝負はお預けだ。ここからは試合に勝ちに行くからな」
大森が力強い声で言う。
「あぁ。今の打席で、現時点での俺と剣都との力の差もわかったことだし、これ以上わがままなことは言わねぇよ。何より三年の先輩たちにとっては最後の大会なんだからな」
大智は大森の目を真っすぐ見つめる。
「ま、そういうことだ。きっちり頼むぜ」
大森はそう告げると踵を返して自身のポジションへと戻って行った。
「しゃあ、続け、続けぇ!」
港東高校ベンチから活気のある声が飛び交う。
剣都が打った先制ホームランの効果か、ベンチから声を出している港東ナインの顔には余裕が伺えた。
続く三番、四番バッターに対し、大智は大森のサイン通り投げた。
結果は三番をセカンドライナー、四番をセンターフライに打ち取った。
四番バッターは一塁ベースを回りながら悔しそうな表情をしていた。
「ふ~、さすがは強力打線のクリーンナップ。嫌なスイングしやがる」
マウンドからベンチに戻ってきた大智が大森の側に寄って言う。
「あぁ。あれなら剣都を二番に置けるのも納得だよ。紅寧ちゃんのノートがなかったら、絶対に九回まで持たなかったな」
大森がしみじみと言った様子で言う。
「だな。紅寧にはほんと感謝しないとな」
「ほんと、ほんと」
大森が頷く。
「こりゃ、勝っても負けても何かお礼しないとな」
「どうせなら勝利と一緒にプレゼントしようぜ。剣都には悪いけどな」
大森がニッと笑う。
「そうだな」
大智もニッと笑い返した。
円陣を終え、ベンチの中に入った大智はすぐさま愛莉の許へと向かった。
そして、置いておいた自身のタオルを取ると、汗を拭いながら愛莉に問いかけた。
「どうだった? 俺と剣都の勝負は」
「複雑……」
愛莉は声をかけられても、大智に顔を向けることなく、真っすぐホームの方を見つめながらぼそっと呟くように言った。
「そっか……。ま、そうだよな」
大智はベンチ椅子に深く腰掛けると、斜め上に覗く青空を見つめた。
「剣都の公式戦初ホームランが見られたのは凄く嬉しい。でも……、その相手が大智だった。それに今は千町のベンチにいるから。正直、色んな感情が混ざり合ってて、自分でもよくわからない……」
愛莉が心苦しそうに語る。
と、その時、大智の隣に難波がドスッと座ってきた。
「あれ? お前一番だろ? こんなことで何してんだよ」
大智が眉間に皺を寄せて訊く。
「もう終わったよ。初球、キャッチャーフライ」
難波が大智の反対側に顔を向けて言う。
それを聞いた大智は苦い顔を浮かべていた。
「おいおい、初球かよ」
「打てそうな気がしたんだけどな。ホームラン」
難波は不思議そうな表情を浮かべていた。
「いや、だからだろ……」
大智の顔は更に苦い顔になっていた。
「ま、終わったことをグチグチ言ったって仕方がない。俺は俺で、さっきの借りをきっちり返さないといけないしな」
大智はそう言うと、椅子から勢い良く立ち上がった。そして、ヘルメットを被り、バットを持ってベンチを出て行く。
大智がベンチを出た時、二番の上田は既にバッターボックスに立ってバットを構えていた。大智は急いでネクストバッターズサークルへと向かった。
二ボール、二ストライクからの五球目。
金属音と共にボールがライト上空へと飛んで行く。
大智はその場にバッと立ち上がった。
「よっしゃ! ツーベー……、ス?」
ボールは大智の予想に反し、ライトスタンドへと吸い込まれていった。
「あらら」
ボールが吸い込まれたライトスタンドを見ながら大智が呟く。
ダイヤモンドを一周して還って来た上田を大智はハイタッチで迎えた。
「たった二か月ほどでブランクを埋めるとはな。驚いたよ」
「バーカ。相手が舐めてきてくれたからだよ。次はそう上手くはいかんだろ。この後打つお前もな」
上田は真っすぐな目で大智に訴えかけた。
「だろうな」
大智はマウンドから自分達のことを見ている相手のバッテリーを横目で見ながら、呟くように言った。
「しかし、あの一点は俺の責任だから俺が返すつもりでいたんだけどな」
大智がバックスクリーンに記された一回表の一点を見ながら言う。
「なら、このまま逆転しちまえよ」
「この後はそう上手くいかないんじゃなかったのか?」
大智が訊く。
上田は大智に背を向け、ベンチへと足を踏み出した。
「責任を感じてんなら意地で取れよ」
上田が大智に背を向けたまま言う。
「正論だね」
大智はヘルメットの位置を整えると、バッターボックスへと向かった。
その音と同時に港東高校スタンドからは大歓声が上がった。
打たれた大智はボールの行方を追っていた。
剣都が捉えたボールはレフト線上空を飛んで行く。
スタンド目がけてぐんぐんと伸びていく打球はポールの手前で左へと切れて行った。
ファールボール。
三塁塁審が頭上で両手を大きく広げている。
「あっぶね~」
大智はボールの行方を見つめながらホッとしたように肩を撫で下ろしていた。
「公式戦の初打席ぐらい、緊張しやがれ!」
大智が二球目を投げる。
鋭い金属音が響いた後すぐに、ボールがバックネットを揺らした。
「ちっ。なんちゅうスイングしやがる」
大智がキッとした目つきで剣都を見ながら呟く。
一方の剣都は口元を緩ませて大智を見ていた。
そんな剣都の顔を見た大智はギュッと唇を噛みしめて剣都を睨みつけた。
三球目。
真向勝負に無駄球はなし。
三球勝負。
ストライクゾーンに向かって来る大智の球を剣都は迷うことなく打ちにいった。
剣都の綺麗なスイングが大智の球を捉える。
剣都のバットが捉えたボールはセンター方向へ高々上がっていく。
球場にいる皆の視線が一様にその打球へと注がれていた。
そんな中、打たれた大智だけは、まるでその球の行方がわかっているかのように、投げ終わったファームのまま、ギリッと奥歯を噛みしめていた。
打球は勢いを落とすことなく、ぐんぐんと伸びていく。そして、バックスクリーンへと飛び込んだ。
その瞬間、港東高校サイドからは割れんばかりの大歓声が上がった。
得点した際の定番の音楽と喜びを表すようにメガホンを叩く音が球場全体を覆う。
そんな大歓声の中、剣都は悠々とダイヤモンドを回っていく。その顔は一見、冷静そうに見えるが、秘かに口元を綻ばせているようだった。
ダイヤモンドを一周した剣都がホームへと還って来る。
剣都がしっかりとホームベースを踏んだことを確認した大森は、マウンドから、ボールが飛び込んで行ったバックスクリーンを見つめている大智の許へ向かった。
「公式戦初打席にして初ホームラン。これ以上ない、ど派手なデビューだな」
マウンドに着いて早々、大森は大智の背中に向けて言った。
「けっ。ど派手過ぎんだろ。強豪校で一人だけ一年生で出てんだから、少しは緊張しろってんだ」
大智が顔をしかめながら言う。
「そうならないから一年から試合に出れてんだろ? それに……」
「それに?」
大智が首を傾げて訊く。
「お前が相手だからだよ」
「あん?」
「大智が相手だからいつも通り、いや、それ以上のスイングができたんだろ。じゃなかったら、普通あの球をあそこまで飛ばせやしねーよ」
大森がバックスクリーンを見ながら言う。
「力負けってことか……」
大智は天を仰いだ。
それを見た大森は大智の左肩に自分の右手を添えて言った。
「気にすんな。まだまだ始まったばかりだ。試合も。お前らの戦いもな」
大森はそう言って大智に微笑みかけた。
「そうだな」
大智はそう言いながら帽子を深く被り直した。
「ま、なんにせよ、一先ず勝負はお預けだ。ここからは試合に勝ちに行くからな」
大森が力強い声で言う。
「あぁ。今の打席で、現時点での俺と剣都との力の差もわかったことだし、これ以上わがままなことは言わねぇよ。何より三年の先輩たちにとっては最後の大会なんだからな」
大智は大森の目を真っすぐ見つめる。
「ま、そういうことだ。きっちり頼むぜ」
大森はそう告げると踵を返して自身のポジションへと戻って行った。
「しゃあ、続け、続けぇ!」
港東高校ベンチから活気のある声が飛び交う。
剣都が打った先制ホームランの効果か、ベンチから声を出している港東ナインの顔には余裕が伺えた。
続く三番、四番バッターに対し、大智は大森のサイン通り投げた。
結果は三番をセカンドライナー、四番をセンターフライに打ち取った。
四番バッターは一塁ベースを回りながら悔しそうな表情をしていた。
「ふ~、さすがは強力打線のクリーンナップ。嫌なスイングしやがる」
マウンドからベンチに戻ってきた大智が大森の側に寄って言う。
「あぁ。あれなら剣都を二番に置けるのも納得だよ。紅寧ちゃんのノートがなかったら、絶対に九回まで持たなかったな」
大森がしみじみと言った様子で言う。
「だな。紅寧にはほんと感謝しないとな」
「ほんと、ほんと」
大森が頷く。
「こりゃ、勝っても負けても何かお礼しないとな」
「どうせなら勝利と一緒にプレゼントしようぜ。剣都には悪いけどな」
大森がニッと笑う。
「そうだな」
大智もニッと笑い返した。
円陣を終え、ベンチの中に入った大智はすぐさま愛莉の許へと向かった。
そして、置いておいた自身のタオルを取ると、汗を拭いながら愛莉に問いかけた。
「どうだった? 俺と剣都の勝負は」
「複雑……」
愛莉は声をかけられても、大智に顔を向けることなく、真っすぐホームの方を見つめながらぼそっと呟くように言った。
「そっか……。ま、そうだよな」
大智はベンチ椅子に深く腰掛けると、斜め上に覗く青空を見つめた。
「剣都の公式戦初ホームランが見られたのは凄く嬉しい。でも……、その相手が大智だった。それに今は千町のベンチにいるから。正直、色んな感情が混ざり合ってて、自分でもよくわからない……」
愛莉が心苦しそうに語る。
と、その時、大智の隣に難波がドスッと座ってきた。
「あれ? お前一番だろ? こんなことで何してんだよ」
大智が眉間に皺を寄せて訊く。
「もう終わったよ。初球、キャッチャーフライ」
難波が大智の反対側に顔を向けて言う。
それを聞いた大智は苦い顔を浮かべていた。
「おいおい、初球かよ」
「打てそうな気がしたんだけどな。ホームラン」
難波は不思議そうな表情を浮かべていた。
「いや、だからだろ……」
大智の顔は更に苦い顔になっていた。
「ま、終わったことをグチグチ言ったって仕方がない。俺は俺で、さっきの借りをきっちり返さないといけないしな」
大智はそう言うと、椅子から勢い良く立ち上がった。そして、ヘルメットを被り、バットを持ってベンチを出て行く。
大智がベンチを出た時、二番の上田は既にバッターボックスに立ってバットを構えていた。大智は急いでネクストバッターズサークルへと向かった。
二ボール、二ストライクからの五球目。
金属音と共にボールがライト上空へと飛んで行く。
大智はその場にバッと立ち上がった。
「よっしゃ! ツーベー……、ス?」
ボールは大智の予想に反し、ライトスタンドへと吸い込まれていった。
「あらら」
ボールが吸い込まれたライトスタンドを見ながら大智が呟く。
ダイヤモンドを一周して還って来た上田を大智はハイタッチで迎えた。
「たった二か月ほどでブランクを埋めるとはな。驚いたよ」
「バーカ。相手が舐めてきてくれたからだよ。次はそう上手くはいかんだろ。この後打つお前もな」
上田は真っすぐな目で大智に訴えかけた。
「だろうな」
大智はマウンドから自分達のことを見ている相手のバッテリーを横目で見ながら、呟くように言った。
「しかし、あの一点は俺の責任だから俺が返すつもりでいたんだけどな」
大智がバックスクリーンに記された一回表の一点を見ながら言う。
「なら、このまま逆転しちまえよ」
「この後はそう上手くいかないんじゃなかったのか?」
大智が訊く。
上田は大智に背を向け、ベンチへと足を踏み出した。
「責任を感じてんなら意地で取れよ」
上田が大智に背を向けたまま言う。
「正論だね」
大智はヘルメットの位置を整えると、バッターボックスへと向かった。