カーンという金属音が響き渡り、紅に染まった晴天の空に白球が飛んで行く。
秋山愛莉は幼馴染である春野大智と黒田剣都の対決を離れた場所からじっと見つめていた。
「しゃあ!」
バットを握っている剣都はボールの行方を確認すると喜びの声を上げた。
「ちくしょー!」
一方、投げた球を打たれてしまった大智は悔しさのあまりグラブを地面に叩きつけていた。
「おいおい。道具は大事にしろよな」
グラブを地面に叩きつけた大智を見て、剣都が注意する。
注意を受けた大智は、何事もなかったかのように叩きつけたグラブを静かに拾い、グラブに付いた砂埃を払っていた。
「また俺の勝ちだな」
剣都がニヤリと笑いながら大智に言う。
「くっそ~。もう一回だ、もう一回!」
剣都のニヤリ顔に腹を立てた大智は、人差し指を立てて再度の勝負を剣都に求めた。
「何言ってんの! 今日はもうおしまい。さっきそう言ったでしょ?」
二人の対決を離れた場所で見ていた愛莉が二人の側に寄って来てこれ以上の勝負を止めた。
「ちぇっ。じゃあ明日だ、明日。また明日も勝負だからな」
大智が剣都を睨む。
「いいぞ。また返り討ちにしてやるよ」
熱くなって再戦を迫る大智に対し、剣都は余裕のある表情を浮かべながら言った。
「んだと~」
そんな剣都の態度に大智が更に腹を立てる。大智は自身の感情を抑えきれず、剣都に突っかかって行った。
「もう! ケンカしない!」
剣都に突っかかって行く大智を愛莉が止めに入る。愛莉に止められた大智は剣都に向かって行くのは止めたが、顔には怒りの感情を浮かべたままであった。
「そうだ、愛莉。前に言ってやつ決まったか?」
大智を静止させようとしている愛莉に剣都が訊く。
「ん?」
愛莉は大智の体を抑えながら首を傾げて剣都を見た。
「おいおい、忘れたのかよ。俺と大智のどっちを選ぶかだよ」
「あ~、その話……」
剣都の言葉を聞いた愛莉は大智を抑えていた手を緩めると一人で悩み始めた。
「どっちだ?」
剣都が愛莉に答えを迫る。
愛莉の手から解放された大智は大人しく、剣都と一緒になって愛莉を注視していた。
「そんなこと言われても……」
愛莉は一度そう呟くとまたしばらく黙り込んだ。
「あ、そうだ……」
難しい顔をして悩み込んでいた愛莉の顔がぱっと明るくなる。
「何!」
愛莉の顔が明るくなったのを見ていた二人の声が揃った。
「私を甲子園に連れて行ってくれた方」
愛莉はそう言うとニコッと笑った。
愛莉の言葉を聞いた大智と剣都は顔を見合わせていた。
「聞いたか、大智」
「おう、はっきりとこの耳で聞いたぞ」
「俺が愛莉を甲子園に連れて行く」
剣都がキリッとした目つきで大智に言う。
「いいや、俺が連れて行く」
大智も剣都に負けじと睨みを利かすような目つきで言い返した。
「いいや、俺が」
剣都は顔を前に出すようにして大智に迫った。
「いいや、俺だ」
大智も剣都と同じように顔を前に突き出して剣都に迫って行った。
「俺だ!」剣都が。「俺だ!」大智が。「お・れ・だ!」再び剣都が。「俺だって言ってんだろ!」大智が……。
二人の言い争いがどんどんとヒートアップしていく。
最初のうちは額で押し合いながら口で言い合うだけの喧嘩だったが、次第に取っ組み合う状態にまで発展していった。
「愛ちゃん。甲子園って何?」
取っ組み合いの喧嘩をする二人の側で愛莉の隣にいた黒田紅寧が愛莉に訊く。紅寧は三人の一つ年下で、剣都の妹である。
「う~ん、そうだなぁ。夢の場所……、かな?」
愛莉はそう言うと紅寧に微笑みを向けた。
「夢の場所?」
紅寧が不思議そうな顔を浮かべながら首を傾げる。
「そう。夢の場所」
愛莉はそう言って紅寧にニコッと笑いかけた。
「夢の場所か~。じゃあ、紅寧が連れてってあげる」
紅寧が無邪気な笑顔を浮かべて愛莉言う。
「え? 紅寧ちゃんが?」
愛莉は驚きと戸惑いの顔を浮かべながら紅寧に訊き返した。
「うん。紅寧が愛ちゃんを甲子園に連れてってあげる」
紅寧は澄んだ瞳と無邪気な笑顔を愛莉に向けている。そんな紅寧の姿を見た愛莉はふっと微笑みを浮かべた。
「ありがとう、紅寧ちゃん」
愛莉はそう言いながら紅寧の頭を撫でていた。
「ですって。お二人さん?」
相変わらず取っ組み合いの喧嘩を続けている剣都と大智に向けて愛莉が言う。
喧嘩を続けていた二人は愛莉の声を聞くと、喧嘩の手を止めて愛莉の方に振り返った。
「紅寧には無理だろ」
剣都が言う。
「無理じゃないもん」
剣都の言葉を聞いた紅寧は声を大にして剣都に言い返した。
「てか、聞いてたんだ……」
愛莉は誰にも聞こえない声でボソッと呟いた。
「無理なんだよ。女の子は出られないって、父さん言ってたぞ」
剣都は妹を宥めるように言った。
「無理じゃないもん!」
紅寧は剣都の言葉を振り払うようにそう言うと、目に涙を浮かべた。
「紅寧……」
目に涙を浮かべる妹の姿を目にした剣都は困った顔で言葉を詰まらせていた。
「わからないじゃない。もしかしたら私達が高校生になる頃にはルールが変わってるかもしれないわよ?」
涙を流す紅寧の頭を撫でながら愛莉が言った。
「そうだ、そうだ」
そこに突然、大智が入って来る。
「何でお前はそっちの味方なんだよ」
剣都は顔を引きつらせながら大智に言った。
「だって愛莉の言う通りだろ? やる前から無理って決めつけるのは良くないぞ。な、紅寧」
大智も紅寧の頭を撫でた。
「悪かったよ。俺が悪かった」
剣都は三人から視線を外すと、投げやり気味でそう言った。
剣都が他を向いている間に大智は紅寧の頭を撫でる手を止めると、剣都に向かって一歩足を踏み出し、話し始めた。
「まぁ、紅寧のことは一先ず置いておくとして。絶対に負けないからな! 剣都」
大智はそう言うとキリッとした目で剣都を見つめた。
「ふん。俺に打たれてばっかのお前が愛莉を甲子園に連れて行けるかよ」
剣都は軽く顎を上げて大智を見下すようにして言った。
「んだと~」
大智がまた剣都に突っかかって行く。
再び取っ組み合いの喧嘩が始まった。
「たくっ……」
また取っ組み合いの喧嘩を始めた二人を呆れ顔で見ながら愛莉が呟く。
「帰ろっか。紅寧ちゃん」
愛莉はすでに泣き止んでいる紅寧に声をかけた。
「うん……」
さっきまで涙を浮かべていた紅寧ですら二人に向けた呆れ顔を浮かべていた。
春野大智と黒田剣都。喧嘩ばかりしているこの二人。
だがこの二人が、いや大智、剣都、愛莉、紅寧、この四人が数年後、高校野球界を大いに賑わせるのである。
「ちょっと待てよー!」
愛莉と紅寧を呼び止める大智と剣都の叫び声が夕暮れの空に響き渡った。
秋山愛莉は幼馴染である春野大智と黒田剣都の対決を離れた場所からじっと見つめていた。
「しゃあ!」
バットを握っている剣都はボールの行方を確認すると喜びの声を上げた。
「ちくしょー!」
一方、投げた球を打たれてしまった大智は悔しさのあまりグラブを地面に叩きつけていた。
「おいおい。道具は大事にしろよな」
グラブを地面に叩きつけた大智を見て、剣都が注意する。
注意を受けた大智は、何事もなかったかのように叩きつけたグラブを静かに拾い、グラブに付いた砂埃を払っていた。
「また俺の勝ちだな」
剣都がニヤリと笑いながら大智に言う。
「くっそ~。もう一回だ、もう一回!」
剣都のニヤリ顔に腹を立てた大智は、人差し指を立てて再度の勝負を剣都に求めた。
「何言ってんの! 今日はもうおしまい。さっきそう言ったでしょ?」
二人の対決を離れた場所で見ていた愛莉が二人の側に寄って来てこれ以上の勝負を止めた。
「ちぇっ。じゃあ明日だ、明日。また明日も勝負だからな」
大智が剣都を睨む。
「いいぞ。また返り討ちにしてやるよ」
熱くなって再戦を迫る大智に対し、剣都は余裕のある表情を浮かべながら言った。
「んだと~」
そんな剣都の態度に大智が更に腹を立てる。大智は自身の感情を抑えきれず、剣都に突っかかって行った。
「もう! ケンカしない!」
剣都に突っかかって行く大智を愛莉が止めに入る。愛莉に止められた大智は剣都に向かって行くのは止めたが、顔には怒りの感情を浮かべたままであった。
「そうだ、愛莉。前に言ってやつ決まったか?」
大智を静止させようとしている愛莉に剣都が訊く。
「ん?」
愛莉は大智の体を抑えながら首を傾げて剣都を見た。
「おいおい、忘れたのかよ。俺と大智のどっちを選ぶかだよ」
「あ~、その話……」
剣都の言葉を聞いた愛莉は大智を抑えていた手を緩めると一人で悩み始めた。
「どっちだ?」
剣都が愛莉に答えを迫る。
愛莉の手から解放された大智は大人しく、剣都と一緒になって愛莉を注視していた。
「そんなこと言われても……」
愛莉は一度そう呟くとまたしばらく黙り込んだ。
「あ、そうだ……」
難しい顔をして悩み込んでいた愛莉の顔がぱっと明るくなる。
「何!」
愛莉の顔が明るくなったのを見ていた二人の声が揃った。
「私を甲子園に連れて行ってくれた方」
愛莉はそう言うとニコッと笑った。
愛莉の言葉を聞いた大智と剣都は顔を見合わせていた。
「聞いたか、大智」
「おう、はっきりとこの耳で聞いたぞ」
「俺が愛莉を甲子園に連れて行く」
剣都がキリッとした目つきで大智に言う。
「いいや、俺が連れて行く」
大智も剣都に負けじと睨みを利かすような目つきで言い返した。
「いいや、俺が」
剣都は顔を前に出すようにして大智に迫った。
「いいや、俺だ」
大智も剣都と同じように顔を前に突き出して剣都に迫って行った。
「俺だ!」剣都が。「俺だ!」大智が。「お・れ・だ!」再び剣都が。「俺だって言ってんだろ!」大智が……。
二人の言い争いがどんどんとヒートアップしていく。
最初のうちは額で押し合いながら口で言い合うだけの喧嘩だったが、次第に取っ組み合う状態にまで発展していった。
「愛ちゃん。甲子園って何?」
取っ組み合いの喧嘩をする二人の側で愛莉の隣にいた黒田紅寧が愛莉に訊く。紅寧は三人の一つ年下で、剣都の妹である。
「う~ん、そうだなぁ。夢の場所……、かな?」
愛莉はそう言うと紅寧に微笑みを向けた。
「夢の場所?」
紅寧が不思議そうな顔を浮かべながら首を傾げる。
「そう。夢の場所」
愛莉はそう言って紅寧にニコッと笑いかけた。
「夢の場所か~。じゃあ、紅寧が連れてってあげる」
紅寧が無邪気な笑顔を浮かべて愛莉言う。
「え? 紅寧ちゃんが?」
愛莉は驚きと戸惑いの顔を浮かべながら紅寧に訊き返した。
「うん。紅寧が愛ちゃんを甲子園に連れてってあげる」
紅寧は澄んだ瞳と無邪気な笑顔を愛莉に向けている。そんな紅寧の姿を見た愛莉はふっと微笑みを浮かべた。
「ありがとう、紅寧ちゃん」
愛莉はそう言いながら紅寧の頭を撫でていた。
「ですって。お二人さん?」
相変わらず取っ組み合いの喧嘩を続けている剣都と大智に向けて愛莉が言う。
喧嘩を続けていた二人は愛莉の声を聞くと、喧嘩の手を止めて愛莉の方に振り返った。
「紅寧には無理だろ」
剣都が言う。
「無理じゃないもん」
剣都の言葉を聞いた紅寧は声を大にして剣都に言い返した。
「てか、聞いてたんだ……」
愛莉は誰にも聞こえない声でボソッと呟いた。
「無理なんだよ。女の子は出られないって、父さん言ってたぞ」
剣都は妹を宥めるように言った。
「無理じゃないもん!」
紅寧は剣都の言葉を振り払うようにそう言うと、目に涙を浮かべた。
「紅寧……」
目に涙を浮かべる妹の姿を目にした剣都は困った顔で言葉を詰まらせていた。
「わからないじゃない。もしかしたら私達が高校生になる頃にはルールが変わってるかもしれないわよ?」
涙を流す紅寧の頭を撫でながら愛莉が言った。
「そうだ、そうだ」
そこに突然、大智が入って来る。
「何でお前はそっちの味方なんだよ」
剣都は顔を引きつらせながら大智に言った。
「だって愛莉の言う通りだろ? やる前から無理って決めつけるのは良くないぞ。な、紅寧」
大智も紅寧の頭を撫でた。
「悪かったよ。俺が悪かった」
剣都は三人から視線を外すと、投げやり気味でそう言った。
剣都が他を向いている間に大智は紅寧の頭を撫でる手を止めると、剣都に向かって一歩足を踏み出し、話し始めた。
「まぁ、紅寧のことは一先ず置いておくとして。絶対に負けないからな! 剣都」
大智はそう言うとキリッとした目で剣都を見つめた。
「ふん。俺に打たれてばっかのお前が愛莉を甲子園に連れて行けるかよ」
剣都は軽く顎を上げて大智を見下すようにして言った。
「んだと~」
大智がまた剣都に突っかかって行く。
再び取っ組み合いの喧嘩が始まった。
「たくっ……」
また取っ組み合いの喧嘩を始めた二人を呆れ顔で見ながら愛莉が呟く。
「帰ろっか。紅寧ちゃん」
愛莉はすでに泣き止んでいる紅寧に声をかけた。
「うん……」
さっきまで涙を浮かべていた紅寧ですら二人に向けた呆れ顔を浮かべていた。
春野大智と黒田剣都。喧嘩ばかりしているこの二人。
だがこの二人が、いや大智、剣都、愛莉、紅寧、この四人が数年後、高校野球界を大いに賑わせるのである。
「ちょっと待てよー!」
愛莉と紅寧を呼び止める大智と剣都の叫び声が夕暮れの空に響き渡った。