好きだから別れて

気分が乗らなくても、不機嫌な顔で接客をしたらプロ失格。


この業界のおきてに従い、あたしはうつむき加減で笑顔を作り、裏声をあげつつ


「歩です。よろしくお願いしま…」


と、顔をゆっくりとあげた。


が、その瞬間。


自分の目を疑ってしまったんだ。


大きな瞳に赤茶の髪。


ビシッと決めた黒いスーツ。


顔が整い、いかにも遊んでそうな危険な雰囲気。


何度も見かけていたその人は、紛れもなく密かに憧れていた同業者の慶太(けいた)さんだった。


――嘘…夢みたい。やばいかっこいい…


見とれたまま固まっている間抜けなあたしを見て、慶太さんは


「歩ちゃんどうしたの?早く座りなよ」


目と目があうなり色気のある優しい微笑みを浮かべ、物腰柔らかく話しかけてきた。


心臓は一気に加速し、脈もつられ速くなるのがわかる。


「あっ、あは、あはははっ」


ドキドキしてうまい言葉もサラッと出てきてはくれない。


とりあえずあたしはごまかし笑いで場を繋ぎ、よそよそしく慶太さんの前に腰掛けた。


一緒に来ていた友達にも軽く会釈し、冷静を取り戻す為、タバコの溜まった灰皿に手を伸ばす。


「歩ちゃんさぁ…」


「は、はい」


「可愛いよな」


慶太さんの突然の発言に目は自然とパチパチして、思考回路は完全にストップした。


座ってからものの数秒で起きた急な展開。


こんな状況に置かれたら、戸惑わない奴などいる訳がない。


「はっ?あっ、いや、あの、その」


今までどんな男であろうが平然とこなしてきたあたし。


なのにどうしたのだろう。


慶太さんの前にいる「歩」は、仕事を忘れているただの女になっていた。


「ははっ。緊張しちゃってんの?」


慶太さんはそう言うと、グラスを口へ運んで酒を一口飲み、ガチガチになっているあたしをちゃかすように笑った。