トイレに置かれた鏡に手を当て、顔を近付けると、写し出された姿はとても醜いものだった。


目に施されたアイシャドーやマスカラが無惨にも崩れている。


全てを洗い流せるなら洗い流したい。


このままあたしも智也も何もかもなくなればいいのに…


顔を水で覆い、指先で丁寧に目の周りを擦り落とし、素っぴんのあたしが現れる。


目元は赤く、魂が抜けた廃人。


汚い、情けない顔。


こんな色気のない歩では恥さらしで、さすがに仕事へ戻れやしない。


悔しい…あんな奴に負けたくない。負けたくない。絶対負けない！


棚に隠して置いた化粧ポーチを引っ張り出し、涙をこらえ唇をギュッと噛み、化粧する。


泣いたなんて誰にもわからぬよう、目元を丁寧に何度も何度も塗り潰す。


出来上がった姿はごまかしきれる風貌になり、髪も確認し、拳を握るなり自分の頬を叩きつけ


「お前は強い。あんなクソ男ゴミだと思え！金だ、金にすんだよ！」


自分の気持ちを奮いたたせ、トイレからホールへ足を向けた。


「失礼しました。グラス空いちゃったね。お作りします」


あたしは智也と拓の前に立ちはだかり、頭を下げると、席について平然と酒を作り出した。


「あ、ありがと」


人が変わった態度に驚いたのか口ごもる智也。


「いえ、し・ご・とですから」


情を捨て、人間味のない台詞を浴びせ“あんたなんて大したことないよ”と言わんばかりの態度で接する。


こんな仕打ちどうって事ない。


職場では無になれ。


外に出て感情は出すものだ。


ここで築いてきた歩を智也ごときに崩されされたくはない。


だてに潰し合いの世界で生きてきたわけじゃないのだから、崩れたならば再び作り直せばいい。


仮面を被り、偽りの姿を作ればいい。


それが飲み屋の歩としてのやり方だ。


「…悪気があってしたわけじゃねえからな」


「そう。まず酒飲んで」


何も気にしていないフリを貫き通し、作られた笑顔を振りまく。


「歩ちゃん。智也の気持ちもわかってやって」


拓は違和感のある二人の空気を読み、智也をすかさずフォローする。