その日は土曜で、職場はいつも以上に賑わいをみせ、どの客がどの客かわからない出入りの激しさだった。


数分単位でこなす接客。


走り回るカウンター。


酒を継ぎ足せば、隣からビールの催促。


会話も何がなんだかごちゃまぜで、記憶に少しも残りやしない。


さすがにこれでは身が持たず、疲れが絶頂に達する。


店の女の子もみんな疲れた顔だ。


だが、長く勤めていると悪知恵は付く。


休息し、羽根を伸ばせる場所をちゃんと確保出来る。


壁でうまく遮られ、死角が出来た奥の席はママの目が全く届かない。


その席に着くと、常連客の佐々木さんが毎度お馴染みに酒を作ってくれた。


「ここでは気使わなくていいからゆっくり休みなよ。歩ちゃん頑張り過ぎだからさ~ほれまず飲みな」


常に温厚な佐々木さんはあたしの疲れ具合を察してくれる、とてもいい人。


佐々木さんが来るといつも行為に甘え、息抜きをさせてもらう。


「ありがとう。マジ疲れた~。ねえ、歩の変わりに仕事してよ〜〜」


「俺!?んじゃ、その履いてるスカート貸して。働いてくっから」


「ぶっ。佐々木さん最高!歩そういう冗談大好き。マジ佐々木さん優しくて助かっちゃうし」


温和なうえに、冗談も楽しい佐々木さんはあたしにとって上客も上客で、敬語は故意に使わない仲だ。


世間では社長の名が付くお偉いさんでも、そんなのものは匂わせもしない。


「優しさだけは自信ありよ。俺の嫁になる?」


「おいこら~何言ってんの。奥さんいるんだからメッ!」


「愛人?ラマン?ダメ?アユムン、ねぇねぇ」


ほんの束の間の休息でも、話題は途切れない。


あたしは佐々木さんが客だという事を忘れ、素に近い状態で会話を楽しんでいた。


「歩ちゃ~ん。ちょっと」


佐々木さんの席に付き15分たった頃。


ママの甲高い声が店内に響き、休息を撃ち破る呼び出しがかかった。


「は~い!呼ばれちゃったからちょっと行ってくるね。またここ来るから帰んなよ~」


「お待ちしてます。お嬢さん」


あたしは佐々木さんに軽めの挨拶をし、カウンターへ向かおうとした。


と、その時。


強い視線を感じた。


何気なく視線の先に目をやると、酒を口に含み、不適な笑みを浮かべあたしを見つめる智也の姿。


背筋が凍りそうなその笑みを振り切り、見なかったフリをして急いでカウンターへ駆け込んだ。


「ママ!いつの間に智也来たの!?ってかなんで店に入れたの!!」


ママを見るなりあたしは恐怖と怒りで我を忘れ叫んだ。