幸せな日々がそこにあった。


二人で過ごした日々に別れなど何処を探しても見当たらない。


それなのに、たった一本の電話で瞬く間にいなくなってしまった悠希。


あたしの隣に悠希はいなくなるの?


いない?


こんな時なのにグッと肩を落とすだけで、何故か涙が流れて来ない。


どうしても頭に浮かび、先にくるのは悠希を悩ませ、苦しめた「別れて」。


その言葉をあたしは後悔し、自分を責めていた。


悠希があたしに「別れて」と言ったのは、この日の一度だけ。


あたしは喧嘩のたび、数え切れないほどの「別れて」を無責任に言い放ってた…


「別れて」


「別れて」


言われるたび、悠希がどんなに苦しかったか。


どんなに怯えたか。


どんなに自分を責めたか初めて知ったんだ。


「10月…10月になったら電話がくる…あたし泣かない。ちゃんと気持ち伝えるまで泣かない…」


再度噛んだ唇を振るわせ、その場でうずくまり携帯を握りしめる。


~最後に会った海~


あの時の悠希は、すでに別れを考えていたのだろうか?


あんなに日焼けして無邪気にハシャいでたのに。


帰り際、車の中で抱きしめ「やっぱ好きだぁ」とあたしに言った意味は?


会わなくなった日々の中、悠希に何かあったの?


あの日、あの時…


いくら考えても愛されてた日々しか浮かばない。


「歩。愛してるよ。お前、俺のもんな」


はにかんで唇を重ねた愛しい日々が幻になる。


~東京~


あたしと出会う以前に悠希が一度住んでいた街。


その時も転勤で行ったと何気ない会話の合間に語っていた。


実家は今住んでいる所。


もしかしたらその時の様に再びこっちに戻ってくるかもしれない。


可能性はゼロじゃない。


「10月に電話はくるよ。悠希は約束守るもの。悠希は嘘なんか大嫌いなんだから!でも、なんで別れたのに1ヶ月後電話よこすって言ったんだろう…」


期待と謎を胸に抱き、あたしは悠希からの電話を待つと己に誓ったんだ。


10月。


約1ヶ月後の可能性を信じるしかない。


ひたすら悠希を信じるしかないんだ…