埼玉に行くと決めた以上、ストレスの原因を取り払い、全てをクリアーにしなければいけない。


悠希と愛し合った翌日。


店のママに今までの経緯や事情、病気について話し、仕事はキッパリ辞めると告げた。


「歩ちゃん見る見る痩せちゃったもんな…お前には期待してただけに残念だけど仕方ない。もう一店舗でママさせるつもりだったんだよなぁあ…」


「期待にこたえられなくてすいません。ママには本当お世話になってばかりで迷惑もかけっぱなしだったし」


「そんなのお互いさまだよ。歩ちゃんに助けられたのは寧ろこっち側だぁあ。ってかじつは結婚しますとかじゃねぇよな?」


「ないです!絶対ないです!」


「本当かよ〜〜でも、本当は辞めさせたくないんだよなぁあ…」


「すいません。自分勝手で…」


「ってこんな時、なんて言えばいいんだろな…」


「そうですよね…」


「とりあえずお疲れ様!元気になったらいつでも戻って来いよ。うちの娘なんだから」


初めは渋っていたママだが説得し、花むけの言葉を貰った。


そしてその後、最後に一週間だけ仕事をして、あたしは四年半働いた店を完璧に辞めた。


皆とても温かいスタッフで、居座るには心地いい職場。


後ろ髪をひかれる思いもあったが、変わる為に自ら決断した事。


職場に未練を残し後を引かぬよう、あたしはすぐ引っ越しを決めた。


荷物は最低限にまとめ、家財道具やスーツ。


夜に携わる全ての物は欲しがる友達に配りまくった。


カラになった二人の部屋は愛し合った余韻も何も残ってはいない。


無機質な壁、無機質な台所。


あたしを散々苦しめ悩ませた風呂場も、今となっては名残惜しくさえ感じる。


ここで悠希と初めてキスし、初めて愛の深さを学んだ。


なのに悠希とあたしの部屋はもうどこにもなくなる。


最後の鍵をかけ、何度も振り返り長い廊下を歩く。


酔っぱらって夜友達と暴れたり、大喧嘩をして止めに入られたり。


この廊下にもたくさんたくさん世話になった。


失敗も成功も、人の汚さも清さも、ここで学んだ。


エレベーターの扉が閉まりかけた時、あたしは手を挟み声をあげた。


「ありがとう。大好きな部屋。バイバイ!」


視界は曇り自然と涙は溢れだしたが、これはあたしが選んだ道。


涙を拭い、背筋を伸ばして歩き出す。


前に進むんだ。