その声を聞いた悠希は携帯から手を離し、突然立ち上がり、拳を構えた。


あたしは悠希に殴られると思い、反射で顔に力を入れ横を向き構える。


“ドスッ”


肉と物がぶつかる鈍い音に気付き、顔をあげたら悠希は壁を殴りつけていた。


「ああっ!その男むかつく!!」


悠希はきっとわかってた。


服が乱れ、アイシャドーとマスカラと涙が混ざり、目の回りが黒くなったあたしが何かを隠してるって。


襲って来た男と薄汚い関係があったんだって…


「もう本当にいいから。仕事にさしつかえるから早く帰って寝て!」


いないと心が折れてしまい半端なく寂しいのに、悠希の好意を無駄にする醜い言葉をあたしはわざと投げつけた。


迷惑もかけたくない。


あたしじゃなく、あなたは家族を守らなきゃいけないって…


「歩ぅ…」


手が頭に触れ、顔をあげたら、目の前に悠希の顔が近付いた。


大好きな匂いがあたしを包み、悠希が間違いなく近くにいる。


目をそらしたい。


なのにそらせない。


強い眼差しからそらすなんてできやしないよ…


「なぁ。もうこういうのやめにしねぇ?」


「えっ?」


「なんていうんかな。意地とか隠し事とかそういうのいらねんだって」


「意地なんてはって」


「いい。黙って聞いて。約束して欲しいんだ」


「約束って」


「これからは何があっても扉は開けない。鍵は必ずかける。何かあったら俺に電話をよこす。わかった?」


悠希は子供をあやす親を思わせる柔らかな口調で話し、あたしの頬に手を当てる。


温かな優しさ。


支えてくれる強さ。


屈さない愛情。


悠希の思いが感じられ、二人の気まずさは打ち消されていく。


「約束する。必ず守る」


あたしから不思議と素直な言葉が引き出されたんだ。


強がっていた氷は


ゆっくり


ゆっくり溶け始めた…