小児科の勤務医となって3ヶ月。
元々研修医としてお世話になっていた病院でもあり、馴染むのに苦労はなかった。
ただ1人、この春新任してきた小児科部長を除いては。
本当にあの部長は、今まで出会った上司の中で最悪。
とにかく、私に対する敵対心が半端ない。
そりゃあ、私に問題がないとは言わないけれど・・・
「紅羽先生、顔が怖いですよ」
外来看護師の沙樹ちゃんが「ほら笑って」と、笑顔を向ける。
はいはい。
今日は外来担当、病棟にいる部長には会わなくていいわけだからノビノビやりましょう。
「じゃあ、始めましょう。患者さん呼んでください」
「はい」
今日も患者であふれかえる小児科外来から、私の1日が始まる。
「先生、次呼んでいいですか?」
「はい」
答えながら、パソコンに向かい必死にカルテ入力をする。
こう見えて、医者って結構激務。
診察、カルテ記載、カンファレンスを開いて治療計画を検討したり、診断書の作成、その間で勉強だってしなくては今の医療についてはいけない。
それに、最近の親はクレイマーも多い。
気をつけないとすぐに文句を言ってくる。
特に私みたいにニコニコしない医者には風当たりも強い。
「何でお前が小児科にするんだよ」
小児科医になると決めたとき翼に言われた。
公は、「お前らしい」と言ってくれた。
自分で決めた以上、しんどくても頑張るしかないんだ。
「センセー、今夜熱が下がったら、明日から保育園に行けますよね?」
私よりも年下に見える母親が、探るように聞いてきた。
「え、明日診察に来ていただいて、良ければ登園OKを出しますが、すでに4日も熱が続いていて肺炎になりかけているんです。本当だったら入院して点滴治療をするところなんですよ」
でも無理って言うから・・・
「明日は、どうしても休めないんです」
母親は泣き出してしまった。
結局、院内のケースワーカーを呼び市がやっているサポートセンターを紹介した。
「私は医者だから、お子さんの体調を無視して登園OKは出せません。でもここなら、お金はかかるけれど預かってくれるはずだから」
「はい、ありがとうございます」
キョトンとする子供の横で、泣いている母親。
母親として強くなりなさいと言いたい気持ちもあるけれど、お母さんにはお母さんの事情がきっとある。
「先生、すみません。子供と2人暮らしで、頼る人もいなくて、職場からもこれ以上休むならパートになってもらうって言われているんです」
「そうですか」
彼女だって、きっと頑張ってきたんだ。
仕事のことも、お金のことも考えなくていいなら、子供といたいに決まっている。
でもね・・・
働く女性にとってこの日本は生き辛いわ。
「おーい」
今度は廊下から怒鳴り声。
聞く気がなくても耳に入ってくる。
「うちの子は持病があるんだ。重症なんだから先に見てくれっ」
父親らしき人が大声を上げている。
覗いてみると、バギーに乗った男の子。
ああ。
確かに生まれたときからうちの病院でフォローしている子。
「どうしました?」
外来師長が駆け出していった。
「熱があって息が苦しそうなんだ」
「そうですか」
確かに、少し息が荒い。
でも、発熱中の子供はあんな感じだと思うけれど。
「少し待てますか?」
なるべく冷静に、師長は声をかけた。
しかし、
「待てないから言ってるんだっ」
お父さんはもう冷静さを失っている。
「でしたら、救急外来へ」
「だ、か、ら、あそこは小児科の先生がいないじゃないかっ」
「ですが・・・」
ここまできたら会話は成り立たない。
仕方ない、誰かが出て行くしかない。
でもね-。
今はどの診察室も患者が順番を待っている。
私だって、病気の子を心配する親の気持ちがわからなくもない。
気の毒だとも思う。
でも・・・
「顔に出てるよ」
公の声。
「ど、どうして?」
「うちの診察室まで聞こえてきた」
ああ、そういえば内科の診察室は小児科の向かいだった。
待合で騒げば筒抜けって事ね。
「だから、早く診てくれって言ってるんだっ」
お父さんの声が怒鳴り声に変わった。
「早く、医者を呼べよっ」
どんどんエスカレートする怒鳴り声に、思わずビクンと反応してしまった。
もうダメだ。
きっと、誰かが警備に連絡していると思う。
その時、
「お父さん、救急へ行きましょう」
ゆっくりと近づいた、とても優しい顔の公。
「何度言わせるんだっ。あそこは小児科の先生がいないじゃないか」
「ですが、ここで待つのはお子さんも辛いでしょうから。救急のベットで休ませてあげましょう」
「しかし・・・」
「救急から小児科医を呼びますから」
「・・・それじゃあ」
父親も納得した。
やっぱりこんな時、公は頼りになる。
あんなに騒いでいた父親を黙らせてしまった。
結局、部長が救急に落りてきて診察をすることになった。
患者も、熱は高いものの検査結果は良好で、点滴をして笑顔で帰って行ったらしい。
元々研修医としてお世話になっていた病院でもあり、馴染むのに苦労はなかった。
ただ1人、この春新任してきた小児科部長を除いては。
本当にあの部長は、今まで出会った上司の中で最悪。
とにかく、私に対する敵対心が半端ない。
そりゃあ、私に問題がないとは言わないけれど・・・
「紅羽先生、顔が怖いですよ」
外来看護師の沙樹ちゃんが「ほら笑って」と、笑顔を向ける。
はいはい。
今日は外来担当、病棟にいる部長には会わなくていいわけだからノビノビやりましょう。
「じゃあ、始めましょう。患者さん呼んでください」
「はい」
今日も患者であふれかえる小児科外来から、私の1日が始まる。
「先生、次呼んでいいですか?」
「はい」
答えながら、パソコンに向かい必死にカルテ入力をする。
こう見えて、医者って結構激務。
診察、カルテ記載、カンファレンスを開いて治療計画を検討したり、診断書の作成、その間で勉強だってしなくては今の医療についてはいけない。
それに、最近の親はクレイマーも多い。
気をつけないとすぐに文句を言ってくる。
特に私みたいにニコニコしない医者には風当たりも強い。
「何でお前が小児科にするんだよ」
小児科医になると決めたとき翼に言われた。
公は、「お前らしい」と言ってくれた。
自分で決めた以上、しんどくても頑張るしかないんだ。
「センセー、今夜熱が下がったら、明日から保育園に行けますよね?」
私よりも年下に見える母親が、探るように聞いてきた。
「え、明日診察に来ていただいて、良ければ登園OKを出しますが、すでに4日も熱が続いていて肺炎になりかけているんです。本当だったら入院して点滴治療をするところなんですよ」
でも無理って言うから・・・
「明日は、どうしても休めないんです」
母親は泣き出してしまった。
結局、院内のケースワーカーを呼び市がやっているサポートセンターを紹介した。
「私は医者だから、お子さんの体調を無視して登園OKは出せません。でもここなら、お金はかかるけれど預かってくれるはずだから」
「はい、ありがとうございます」
キョトンとする子供の横で、泣いている母親。
母親として強くなりなさいと言いたい気持ちもあるけれど、お母さんにはお母さんの事情がきっとある。
「先生、すみません。子供と2人暮らしで、頼る人もいなくて、職場からもこれ以上休むならパートになってもらうって言われているんです」
「そうですか」
彼女だって、きっと頑張ってきたんだ。
仕事のことも、お金のことも考えなくていいなら、子供といたいに決まっている。
でもね・・・
働く女性にとってこの日本は生き辛いわ。
「おーい」
今度は廊下から怒鳴り声。
聞く気がなくても耳に入ってくる。
「うちの子は持病があるんだ。重症なんだから先に見てくれっ」
父親らしき人が大声を上げている。
覗いてみると、バギーに乗った男の子。
ああ。
確かに生まれたときからうちの病院でフォローしている子。
「どうしました?」
外来師長が駆け出していった。
「熱があって息が苦しそうなんだ」
「そうですか」
確かに、少し息が荒い。
でも、発熱中の子供はあんな感じだと思うけれど。
「少し待てますか?」
なるべく冷静に、師長は声をかけた。
しかし、
「待てないから言ってるんだっ」
お父さんはもう冷静さを失っている。
「でしたら、救急外来へ」
「だ、か、ら、あそこは小児科の先生がいないじゃないかっ」
「ですが・・・」
ここまできたら会話は成り立たない。
仕方ない、誰かが出て行くしかない。
でもね-。
今はどの診察室も患者が順番を待っている。
私だって、病気の子を心配する親の気持ちがわからなくもない。
気の毒だとも思う。
でも・・・
「顔に出てるよ」
公の声。
「ど、どうして?」
「うちの診察室まで聞こえてきた」
ああ、そういえば内科の診察室は小児科の向かいだった。
待合で騒げば筒抜けって事ね。
「だから、早く診てくれって言ってるんだっ」
お父さんの声が怒鳴り声に変わった。
「早く、医者を呼べよっ」
どんどんエスカレートする怒鳴り声に、思わずビクンと反応してしまった。
もうダメだ。
きっと、誰かが警備に連絡していると思う。
その時、
「お父さん、救急へ行きましょう」
ゆっくりと近づいた、とても優しい顔の公。
「何度言わせるんだっ。あそこは小児科の先生がいないじゃないか」
「ですが、ここで待つのはお子さんも辛いでしょうから。救急のベットで休ませてあげましょう」
「しかし・・・」
「救急から小児科医を呼びますから」
「・・・それじゃあ」
父親も納得した。
やっぱりこんな時、公は頼りになる。
あんなに騒いでいた父親を黙らせてしまった。
結局、部長が救急に落りてきて診察をすることになった。
患者も、熱は高いものの検査結果は良好で、点滴をして笑顔で帰って行ったらしい。