「その餡子は、僕がこしらえたものなんだよ」
「なんじゃ、そうだったのか。ゆえに、けったいな味がしたのじゃな」

 身も蓋もなく批評すると、信吉はがっくりと肩を落とした。

「そんなにまずかったのかい?」

 情けなく蚊の鳴くような声で尋ねられ、あかねはくちびるを舌でぺろりと舐める。今し方食べたばかりの草餅の味を思い出してみた。

「まずいとは言っておらぬ。なんと申したらよいのじゃろう?」

 両手で頬づえをついて言葉を探す。
 松乃家の者は、ときどき信吉のように菓子を供物に持ってくる。あかねの密かな楽しみのひとつだ。
 松乃屋は源造で三代目。あかねは、先代も先々代も、そのずっと前から知っている。その味は代々確実に受け継がれていた。
 決して信吉の餡が、食べられないほどまずいわけではない。だが、慣れ親しんだ味とはなにかが違う気がするのだ。
 あかねは眉間にシワを寄せて、その「なにか」を探る。
 真剣な顔で考えこむあかねを、信吉も固唾を呑んで見守っていた。

 しばらくして、ついとあかねが顔を上げた。

「ぼんやり、なのじゃ」
「ぼんやり?」
「そう。ぼんやり、なのじゃな。おぬしの餡は」

 松乃屋の餡は、やさしい甘さが特徴だ。ほっくり炊かれた小豆の餡は、口の中でほろりと解ける。
 いろいろな餅や皮に包まれても、ほどよく調和し、出しゃばりすぎない。甘さはしっかり感じるのに、そこにしつこさはない。
 甘い物が苦手な千代の亭主も、松乃屋の酒饅頭は好物だ。
 しかし信吉の餡は、小豆の存在がぼんやりしていて、ただ甘いだけで深みがない。口の中にちょっと嫌な感じが残るときもある。
 一言一句を考えながら伝えると、信吉は腕を組みうな垂れた。

「やっぱりそうか。なにかが足りないとは思っているんだけども」

 信吉は目を閉じ、毎日行う餡の製造工程を、はじめっから頭の中で繰り返す。
 小豆の選別から始まるそれは、細やかな作業だ。
 松乃屋では、粒とこし(・・)でも使う小豆を替えているし、菓子の種類に応じて加えるちょっとしたひと手間が、全体の味を大きく左右する。
 信吉が作る菓子の餡のどれもが、同じようにひと味足りたいとなると、共通する過程の中に、答えが隠れているのかもしれない。

「味がはっきりしないとなると、もしかしたら、塩が関係しているのかな」
「塩とな? 甘い餡に、しょっぱい塩を入れるのか?」

 あかねは餡子作りの方法など、見たことも聞いたことのないから不思議に思った。