左之助の家は、そのころからすでに酒問屋を営んでいた。五人の姉を持つ末っ子の左之助はずいぶんと甘やかされて育ち、近所でも名の知れた悪童だった。
 当時、社の敷地は今よりももう少し広く、殿舎の裏にはちょっとした森もあり、季節を問わず左之助たちは入り浸っていた。
 木の枝を拾って戦ごっこをしたり、だれが一番早くてっぺんまで登れるか、木登り競争をしたり。
 そんな毎日が当たり前のように過ぎていく。

「もうすぐ、夏祭りだよな」
「おお! 今年も、子ども神輿をかつぐぞー!」
「あーあ、早く、おとなとおなじの神輿が担ぎてえなあ」
「おめえみてえなチビ助、無理だって」

 社の境内に円陣を組み、裏の森で拾った竹で竹トンボを作る左之助たちの話題は、数日後に迫った祭りの話題でもちきりだった。
 器用に小刀を使い竹片を切り出しているのは、大工の倅の松太郎だ。負けず嫌いの左之助も、ちらちらと相手の技を盗み見しながら竹を削る。
 そのうちに皆が無言になり作業に熱中していると、輪の中心に影が落ちた。
 急に暗くなった手元に、左之助が顔を上げる。

「ふん。喜一か」

 大きな目を輝かせて竹トンボ作りをのぞき込んだのは、左之助の三軒隣の家の喜一だった。
 喜一は呉服屋の息子らしく、とても遊びに来たとは思えない仕立ての良い着物で現れ、それが色白い顔によく似合う。町人の子どもに見えないくらいの品の良さが、ときおり左之助の気を苛立たせていた。

「なんの用だ?」

 つっけんどんに尋ねると、それを気にしたようすもなく喜一がニコニコと笑う。

「わたしも、作ってみたいな」

 ひとつ年下のくせに、やけに落ち着いた話し方も気にくわない。口をへの字に曲げて意地悪を言った。

「よそゆきでできるわけないだろう」

 もし左之助がそんな上等な着物を汚したら、三日はご飯を抜かれてしまう。 
 ところが喜一は自分の着物を眺め、折れそうに細い首をかしけて、ほんわりと笑んだ。

「そんなんじゃないよ。気にしないで」

 左之助はまだ憎まれ口をたたこうとしたが、最年長の松太郎が割って入った。

「出てくるなんて久し振りだな。身体は大丈夫なのか?」
「うん。最近は熱も出してないから、少しだけならいいって」

 生まれつき身体が丈夫でない喜一は、ほかの子のように外で遊ぶことがなかなかできずにいた。肌の白さも手足の細さもそれ故だ。

「よかったな」

 松太郎が席を詰めて自分の隣に場所を空けてやると、喜一は着物が汚れるのも気にせずちょこんと腰をおろす。
 左之助は不機嫌な顔になるが、穏やかだが身体の大きい松太郎には力で敵わないので、黙々と自分の作業に没頭した。

「できた!」

 喜一が嬉しそうに完成した竹トンボを高く掲げると、松太郎も目を細める。

「初めてにしては上出来だぞ。がんばったな」

 褒められて頬をほんのりと赤くするようすを、左之助は面白くなさそうに横目で見ていた。

「じゃあ、オレは親父の手伝いに戻らなきゃいけねえから」

 全員のトンボ作りが終わったのを確認すると、松之助は帰り支度をする。
 面倒見の良い彼は去り際に左之助を手招きして、言い聞かせるのを忘れなかった。

「いいか、仲良くするんだぞ。喜一は身体が弱いんだ」
「……わかってらい」

 そっぽを向きながら答える左之助を不安そうに何度も振り返りながら、松太郎は帰っていった。