「安芸津様は、いい人でやんすねぇ」

 思わず町人口調になる重実の横で、狐も呆れたような目で安芸津を見た。

「散々狐憑きと忌み嫌われてきたおれのことを、そんな風に見てくださる」

「おぬし、もしかして旅を続けるのは土地の人間がそういう目で見るからか」

『そういう目も何も、真実じゃから仕方あるまい』

 大体狐が憑いたからって何だというのじゃ、と狐がぶちぶち文句を垂れる。

「だったら気にせずここにおってもいいのだぞ。そなたの腕なら仕官せずとも仕事はあろう」

「いや、それは遠慮します。伊勢にも言いましたがね、安芸津様が気にしなくても、皆が皆そうではないもんなんです。おれが関わった艶姫にまで妙な噂が立ったら困るし、安芸津様の進退にも影響しかねません。それにおれ自身、一所(ひとところ)に留まれない性分なんでさ」

 最後は軽く言う。己のことはともかく、やはり安芸津も艶姫のことを出されるとそれ以上何も言えなくなる。が、躊躇った後、再び口を開く。

「しかし……望めば仕官も叶いそうではないか。……伊勢殿も、それを望んでおろう」

 若干言いにくそうに、安芸津が言った。狐が、興味をそそられたように顎を上げる。

「安芸津様は、伊勢を好いてらっしゃるんで?」

 ずばりと言ったことに、一瞬安芸津が止まった。そしてすぐに赤くなる。

「な、何を申す。今はおぬしの話をしておるのだ。そ、それに伊勢殿は、おぬしに惹かれておるようだし」

「伊勢には安芸津様のほうがいいと思います」

 明らかに狼狽える安芸津とは正反対に、重実はきっぱりと言った。安芸津はまた動きを止め、しばしの間、重実を見つめた。

「おぬしは、伊勢殿を何とも思わぬのか?」

 小さく問う。眉間に若干の皺が寄った重実に、安芸津はずいっと詰め寄った。

「おぬしも知っての通り、剣術ではそこらの男に引けは取らぬ。それだけではなく頭も良いのだ。この前のような斬り合いの場でも怯えることなく冷静に立ち向かうし、おぬしのように重傷を負った者がいても的確に指示を出して手当ても厭わない。その上あの器量だ。あのような女子、おらぬと思わぬか?」

『……この男、余程伊勢を好いておるようじゃの』

 ぐいぐいと乗り出して語る安芸津に、狐がまたも呆れたように言う。