うーん、と伸びをする重実に小さく息をつくと、伊勢は腰を上げた。途端に、がたた、と音がして襖の向こうから安芸津が姿を現す。

「や、やぁやぁ。久世殿、具合はどうだ?」

 どこかぎこちなく、明るい笑みを浮かべて部屋に入る安芸津の横を、伊勢が一礼してすり抜けた。

「おや伊勢殿は、もうお帰りか?」

「久世様には、すでに手当ては必要ありませんので」

 短く言い、伊勢は振り返りもせずに廊下を去っていく。その後ろ姿を、安芸津は複雑な表情で見送った。

『何じゃ何じゃ。こ奴、先ほどより襖の陰におったくせに』

 狐が安芸津の足元を回りながら言う。

『出歯亀か? いい趣味じゃのぅ』

「おいおい、単に入るに入れなかったんだろうよ」

 話の内容は、安芸津にとっても気になることだったに違いない。おそらく伊勢を想っている安芸津だ。その伊勢が他の男に対して告白めいたことを口にしていれば気になるのは当然だし、変にその場に姿を現しても伊勢が気まずくなるだけだ。結果的に立ち聞きする羽目になってしまったが、故意ではないだろう。

「あれ。てことは、安芸津様もおれが不死身だって知ったのか」

「狐憑きとかいうやつか?」

 重実の言葉に、安芸津は少し馬鹿にしたような目を向けた。

「まぁおぬしのその強靭さは、ちょっと普通とは思えんが。それこそ諸国を旅している者であれば自然とあらゆる耐性もつくし、身体も強くなろう。そういう普通と少し違う者を狐憑きというのだ」

 ふ、と息をつき、安芸津は腰を下ろした。少し目を見開いて、重実は安芸津を見る。

「安芸津様は、おれが気持ち悪くねぇんですかい」

「気持ち悪い? 身体が丈夫なのは剣客として羨ましいことだぞ。独り言だって、長く一人で旅を続けていれば多くなってしまうのだろう。おぬしの狐憑きは、全て説明のつくことぞ。狐憑きというほどおかしなことなどない」

 どうやら安芸津は、先の話の初めから聞いていたわけではないようだ。具体的に、伊勢が狐を触ったところなどの後に来たのだろう。