『おぬしのためでもあるのじゃぞ。このような男のために、一生を棒に振ることはないわい』

「そうそう、狐の言う通り。……だが」

 頷きながらも、重実はじろりと狐に目を当てた。

「お前に言われると腹が立つ!」

 言うなり手を伸ばして、狐の首根っこを掴み、伊勢の膝からむしり取る。

『いたたたた!! わしの綺麗な毛が抜けるじゃろがっ!』

「やかましい! 調子に乗っていつまでも伊勢の膝に陣取りやがって!」

 いきなりぎゃーすか騒ぎ出した重実に、伊勢が目を丸くする。同時に膝の上のもふもふの感触がなくなり、重実は片手を掲げているので、そこに先のもふもふがいる……のだろう。説明されたので、それはわかるのだが、如何せん見えないので、やはり妙な光景だ。

「そういえばその狐って、人語を話すのですか?」

 ふと思いついて、伊勢が言った。

「ああ。そういや不思議にも思わんかったが、こいつが普通に喋るから、おれも退屈しねぇで済むのかも」

『そうじゃぞ! 感謝せい』

「おれのために人語を話せるようになったわけじゃねぇだろ!」

 きゃんきゃんと重実が吠える。狐は依然、ぶらんとぶら下がったままだ。

「何て言ったんです?」

「へ?」

「さっき、狐の言う通りって言ったじゃないですか。そう言われても、私には狐が何て言ったのかわからないですから」

『こんな男のことなど、早々に忘れてしまえ、と言ったんじゃ』

「その通りだがお前が言うな!」

 掲げた手に向かって吠える重実を、伊勢は黙って見つめる。先ほどまでとは違い、少し真剣な表情だ。

「あー……。うん、だからだな……」

 空気を読み、ごほんと咳払いしつつ、重実は掲げていた手を下ろした。床に降りた狐が、その場できょろきょろと重実と伊勢を見る。

「おれについてきたら、一生を棒に振ることになるってよ」

『そうそう。こ奴よりも、安芸津のほうが余程いいぞ』

「そうだ。安芸津様がいるじゃねぇか」

 思い出し、重実は手を打った。