「……お化けだからじゃねぇか?」

『お化けとは何じゃっ! 妖狐だと言うとろーが!』

「あ、なるほど。妖怪だから見えねぇんだ」

 ぽん、と手を叩く重実に、伊勢は首を傾げる。

「そうでしょうか? むしろ見えない妖怪っています? 天狗も猫又も、皆ちゃんと姿は見えるんじゃないでしょうか」

「そういやそうだな。おい狐、何でお前はおれ以外にゃ姿が見えねぇんだ?」

『高位の妖狐は、そんなおいそれと姿を現すものではない』

 ふん、と偉そうに顎を上げ、狐が鼻息荒く言う。偉そうにしたところで、伊勢の膝の上に、猫のように丸まったままなのだが。

「つか、お前もおれと同じように、死にかけのときに何かやらかしてそんな風になっちまったんじゃねぇのか?」

 十数年前に死にかけの少年重実が見つけた狐も死にかけだった。狐は死にかけの少年重実の魂を食らったお陰で命拾いし、結果重実も命拾いした。そしてそれから重実は死ななくなった。それは狐も同じだ。重実と狐は、最早一心同体と言える。重実が怪我をすれば、狐も痛がるのだ。

「おれはあのとき死んだんかな」

 魂を食われたのだ。考えてみれば、生きているほうがおかしい。

「久世様は生きてますよ」

 不意に伊勢が、口を開いた。

「喉を貫かれても死なねぇのに?」

 重実が言うと、伊勢は軽く肩を竦めた。

「いいじゃないですか。死なないとわかっていれば、斬り合いでも緊張はしないでしょう?」

「そんなことはねぇ。斬られたら普通に痛いんだぜ」

 どんな傷を負っても死なない、ということは、いつまでたっても苦痛から逃れられないということにもなる。

「ま、だからこそ下手に傷を負わないよう努力したのさ。傷を負わないためには、強くなきゃならん」

「なるほど! 普通は死なないためですけど、久世様のほうが切実ですものね」

 合点がいったように、伊勢がぽんと手を打った。重実の秘密にここまで理解を示す者も珍しい。もっともここまで詳しく己のことを話したこともないが。親兄弟でさえ、死なない重実を気味悪がったのに。