「ひゃっ!」

 先と同じ叫び声を上げ、伊勢は手を引っ込めた。

『失礼な。化け物を触ったような反応をしおって』

「お前は自分が化け物だという自覚がないのか」

『わしは格式高い妖狐ぞ』

「格式ある化け物なだけだ」

 ぶつぶつと言い合う重実を、またもまじまじと見、伊勢は己の手を眺めた。確かに何かに触れた。もふもふの……。

「……狐……?」

「そう」

 こくりと頷く重実に、伊勢は再び、そろそろと手を伸ばす。今度は指先が何かに触れたところでも引っ込めず、そのままゆるゆるともふもふの輪郭をなぞっていった。

『触るなら触るで、もうちょっと、しかと触ってくれねば、返って気持ち悪いわ』

 手の平全体で探るというより、軽く指先でなぞっている。伊勢からすると、自分の触っているものが何かわからないし、狐だと言われても、どこが顔かもわからないのだ。慎重にならざるを得ない。

『そんなに警戒せんでも、女子なぞ取って食いはせんわ』

 言うなり狐は、むくりと立ち上がり、すたすたと伊勢に近付くと、のし、と膝に上がった。そしてくるりと丸くなる。

「えっ! ……えっと、こ、これが?」

 いきなり手の先から気配が消え、膝の上にもふもふが移動した。やはり見えないが、感じる動きから察すれば、今どういう格好で膝の上にいるのかわかる。頭であろうところに、そろ、と手を置いてみた。

「何だよ、女子は嫌いじゃなかったのか」

『やかましい女子は好かぬ。負の気の強すぎる女子も好かぬがな。こ奴には当て嵌まらぬ』

「膝の上で丸まりながら、そんな偉そうな口を叩かれても』

 重実が呆れたように言いながら、視線を伊勢に戻した。

「わかったかい? それが、おれに憑いてるってこった」

「狐だと仰いましたけど、何故見えないのです?」

 何となく膝の上のもふもふを触りながら、伊勢が聞いたことに、重実はぽかんとした。そういえば、何故見えないのだろう。というか、初めから重実には普通に見えていたので、狐が見えないという実感が、実はないのだ。