常にぶつぶつ独り言を呟いている変人ではないのだ、とわかったのか、安心したようだ。大きく息をつく。

「安心しました。久世様も、普通の人だったのですね」

「いや、だから普通じゃねぇんだって」

 伊勢の言葉をばさりと斬り、重実は着物の襟を掴むと、ぐい、と少し開いた。顎を上げ、喉元を晒す。次いでくるりと後ろを向き、今度は俯いてうなじを示す。

「酷ぇ傷があるだろ?」

「古傷のようですけど……」

 じ、と傷跡を見ながら言っていた伊勢が、はっとしたように身体を強張らせた。傷跡はそうでかくないが、これは喉元からうなじに突き抜けた痕ではないか。傷は身体のほぼ中央だ。でかくはないとはいえ、針ほどの小ささでもない。見たところ、槍ぐらいが突き刺さったのではないだろうか。

「まさか」

 あり得ない、と伊勢は頭を振る。槍が喉元からうなじに突き抜けて、生きていられるわけはない。

「だから、死なねぇんだ」

 襟を直しながら、重実が言う。

「今んとこ、五体のどれかを失うほどの傷は受けたことがねぇから、何をしても死なねぇのかはわからんけどな。首を落とされたり、頭を潰されたら生きていられるかどうか」

『てことは、おぬしの胆は頭っつーこったな』

「そうだな。でも頭割られたぐらいじゃ、多分大丈夫だぜ。潰されない限りは。う~ん、そう考えると、首を落とされるのが一番綺麗な死に方か。あとはぐちゃみそにならにゃ死ねんかも」

『おぬしがぐちゃみそになったら、わしもぐちゃみそになるんかいな。嫌じゃのぅ、それは』

「おれだって嫌だ」

 重実と狐の会話を、伊勢がじっと見る。今まではこのような場面、いかにも妙なものを見る目でしか見ていなかったが、なるほど、確かに何かと話している。伊勢は、その何かがいるであろう床を、まじまじと見た。

「そこに何かがいる、ということですか」

「狐」

 ぽん、と重実が、自分の横を叩いた。通常だと床を叩くことになるはずの手は、床から若干上がった空中で止まっている。伊勢は、そろそろとそこに手を伸ばした。と、もふ、とした何かに触れる。