「狐憑きなど、本当にあると思っているのですか?」

「……ま、よく聞く狐憑きとは違うだろうよ。常人離れした脚力があるわけでもねぇし、夜中に行燈の油を舐めるわけでもねぇ」

『それは猫又じゃろがっ! わしをそんなものと一緒にするな』

 きゃんきゃんと言う狐に、そうだっけ、と首を傾げ、重実は伊勢に目を戻した。

「あんただって見ただろう」

 ぽん、と己の腹を叩く。

「何も憑いてねぇ普通の人じゃ、こんな傷食らったらお陀仏だぜ」

「そ、それは……。見た目よりも大したことなかったのかと」

「んなことねぇぜ。下手したら臓物をご披露するところだったしな」

「かすり傷だって言ったじゃないですか」

「どんな傷だって、死ななきゃかすり傷だ」

『それはおぬしだけじゃ』

 狐の突っ込みに、また重実は首を傾げた。最早痛みには慣れてしまったので、かすり傷と重傷の区別が曖昧だ。慣れるといっても、やはり痛いが。

「人ではないのですか?」

 伊勢が依然、疑わしそうな目を向ける。このようなことをいきなり言われても信じられないだろう。姿が人と違うわけでもない。斬られたら普通に血だって出るのだ。確かに鳥居に斬られた傷は、かなり深そうだった。だが死ぬかどうかはその者の体力や運もあるのだ。心の臓を貫かれたり、首を落とされたりといった明らかなる致命傷を見ない限り、死なない、と言われたって信じられるものではない。

「人でない……わけではないんかな」

 そこのところはよくわからない。死なないだけで、他は何ら変わったところはない。傷の治りが早いぐらいか。

「死なねぇっても、老いたら死ぬんかな。え、それでも死なねぇのは辛いな」

『そうじゃな。骨ばかりになって足腰立たなくなっても生き続けるのは最早物の怪よな』

「元気であればいいけどな……」

 うーむ、と腕組みして考え込む重実を、相変わらずまじまじと見ていた伊勢は、気付いたように周りに目をやった。

「もしかして、久世様のその独り言は、憑いているという狐と喋っているのですか」

「お、ようやくわかったかい」