「で、でも。着の身着のままで逃げ出したもので……」

 着替えもないので、変装しようにもできない。

「着物はな、そのままでも蓑で隠れるからまぁいい。そうじゃなくて、もうぱっと、見た目から変えるんだ」

 そう言って、重実は横たわる女子の髪を手に取った。

「……切るぜ」

 女子に言う。一瞬女子の目が見開かれた。が、すぐにこくりと頷く。
 重実は躊躇いなく、女子の豊かな黒髪を、肩の少し下で切り落とした。娘が、小さく息を呑んで顔を背けた。
 重実は刀の下げ緒を使って、短くなった女子の髪を、頭頂辺りで結ぶ。茶筅髷のようだ。

「よし。あとは着物も頂いちまおう」

 立ち上がると、重実は倒した男どもから袴だけを奪った。どうせ女子のあの傷ではきちんと穿けないだろうし、何より雪の屋外で全て着替えさせるのも酷だろう。倒したとはいえ、男たちを丸裸に剥くのも気が引ける。

「よっこらしょ。ちょいと失礼」

 女子を抱きかかえるように支え、とりあえず羽織っていた上の着物を脱がす。そして手早く袴を足に通した。その様子を、娘が驚いた顔で見つめた。

「さて、これでちょっとはマシだろう。あんたは、そうだなぁ。上だけ脱いで、これ背負って」

 脱いだ着物を一つにまとめ、それを娘に渡す。

「蓑をつけて笠を被れば、ちょっと汚れたしさっきよりも目立たんだろ。ところで宿場ってどっちだ?」

 気を失ってしまった女子を背負い、重実は街道に降りた。今まで重実の肩の上で大人しかった狐が、不満そうに、とん、と地に降りる。

『わしを歩かす気か』

「別におれの肩から女子の肩に移ればいいだけの話だろ」

『女子になんぞ触れたくないわ』

 つーんとそっぽを向き、狐は傍の木に飛びつくと、するすると上へ登っていく。相当な高さから、ひょいと顔を出して遠くを眺めた。

『あっちの山のほうに、宿場があるようじゃ』

 とん、と降りてきた狐が、ぴ、と前足で街道の先を示す。

「ふーん。じゃあ一応間違ってはいなかったんだな」

『一本道じゃしのぅ』

「じゃ、行くか」

 よいしょ、と女子を背負いなおし、重実は早速街道を歩きだす。それを、狐が袴の裾を咥えて止めた。

『だから、あっちじゃと言うとろうが』

「ん? あれ? 山はあっちだろ?」

『それは来た方角じゃろうがっ。おぬしは自分で進むでない。わしの後についてこい』

 きゃんきゃん言いながら、狐は雪の上を歩きだす。重実は大人しく、その後をついていった。

 何だか独り言の激しい人だ、とは思ったが、頼みの伊勢は男の背にある。それに少なくとも、今は敵ではないはずだ。旅慣れていない己は、男の言うことに従ったほうがいいだろうと、娘は行商人のように荷物を担ぐと、重実の後に続いた。