「あ~、ずっと前屈みになってると傷が痛ぇわ」

 安芸津の屋敷に帰ってくるなり、重実は羽織袴を放り出す。

『けどもう普通に動けるほどには回復したかの。臓物をぶちまける恐れはもうないか?』

「う~ん、今鳥居とやり合ったら、傷が開くかもなぁ」

『まぁ臓物をぶちまけてやれば、斬り合わずに追っ払えるかもじゃ。ビビるじゃろうしの』

「後始末が大変じゃねぇか」

 ぶつぶつ言っていると、すらりと障子が開いた。伊勢が、白布と着替えを持って入ってくる。

「布を取り換えましょう」

「あ、じゃあちょっくら水浴びてくらぁ」

 小袖を脱ぎ去り、重実は奥の障子を開けると、ひょいと庭に降りた。その先にある井戸から水を汲み、頭からかぶる。

「ふぃ。さっぱりした」

 身体に巻いていたさらしを取りながら部屋に戻ると、伊勢が妙な感じに顔を背けている。

『はねっ返りも男の裸にゃ弱いのか』

 にやにやと狐が言う。重実はちらりと伊勢を見、その膝先から着替えを取った。

「でも、あんまりまじまじ見られたら、他にも目が行っちまう」

 重実の身体には、結構な傷がある。今までの旅で、稀に死ぬほどの怪我を負ってきた。死ぬほどの怪我ということは、傷は相当深いものだ。痕も残ってしまう。もっとも初めに鳥居に斬られた傷の手当てをされているので、見られているかもしれないが。

「き、傷の具合は如何です」

 重実が小袖を羽織ったので安心し、伊勢が顔を戻した。

「ま、それなりに」

 答えになってない答えを返し、重実は伊勢に背を向けたまま、手早く腹に布を巻いた。もう傷をしっかり押さえなくても大丈夫なので、一人でも巻ける。

「うん、この分じゃ二日もすりゃ、もう痛みもないだろ」

「傷が癒えれば、すぐに出ていくのですか?」

「傷が治れば、ここに厄介になる理由もねぇ」

「どこに行かれるのです?」

「さぁ~? 今までも、別に行先は決めてねぇし」

『決めたところで辿り着けぬし』

「違いねぇ」

 狐と共に、ははは、と笑う。ちょっと訝しげな顔で重実を見た後、伊勢は、ふぅ、と息をついた。