「おれは体質が妙なだけで、人自体が変なわけではない」

 ふん、と鼻を鳴らして、はた、と見ると、艶姫が妙な目で見ている。いつもながら、話している一方が他の者から見えないというのは不思議なものだ、と重実は呑気に姫の冷たい視線を受け止めた。

「強いってんなら、安芸津様がいるじゃねぇですか」

 言いつつ安芸津に目を向けると、こちらもまた微妙な顔で重実を見ている。艶姫と違うのは、安芸津は姫のことも、微妙な表情で見ていることだろうか。その安芸津は、重実の言葉に一瞬止まった後、やたらと慌てた様子で、ぶんぶんと手を振った。

「なっ何を申すか。私は別に、そのような心は……」

『うむ? そういやこ奴、あのはねっ返りを好いておるのではなかったかな』

 にやりと狐の目尻が下がる。狐なだけに(?)、そういう表情をすると一層不気味で悪そうである。

「だったら丁度いい。安芸津様は身分も伊勢より上でしょう?」

 安芸津の身分は知らないが、家老の小野と会えるのだから、相当なものではないか。今まで気にもしなかったが。

「確かに安芸津様は、伊勢よりもお強いそうですけど」

 艶姫が、やけに狼狽える安芸津に目を向ける。艶姫からすると、身分があるだけに姫ともきっちり線を引いて付き合う安芸津より、重実のほうが気安い分親しみもあるわけだ。

「ひ、姫様。私などのことより、ご自分のことだけお考えください。真之介様は、無事殿との目通りも叶いそうで何よりです」

 安芸津が無理やり話を変えた。途端に、ぱっと艶姫の顔が輝く。

「ええ。久しぶりにお会いしたのだけど、相変わらずお優しかったわ。商家の娘のまま育っていたら、とても嫁げる方じゃないって、城に入ってからしみじみ思う。市井で育つよりも何かと大変だけど、あの方に嫁げるだけで幸せだわ」

「よぅございました」

 嬉しそうな艶姫につられて、安芸津も笑顔になる。

「わたくしが真之介様に無事嫁げるのも、伊勢のお陰が大きいでしょう? だから、わたくしと一緒に、伊勢にも幸せになって欲しいのよ」

「それはまぁ、そうですが……」

 話が戻り、安芸津がまた挙動不審になる。わかりやすい男だ、と思いながら、重実は腰を上げた。

「だからそれは、安芸津様に頼んでください」

 そう言って一礼すると、重実は何か言いたそうな艶姫に背を向けた。