「いや、ちょっと待ってくだせぇ。別におれは、仕官なんぞする気はありません」

 何か勝手に話が進んでいるが、重実は城勤めなどする気はさらさらない。そもそも何故そんな話になったのか。
 重実が口をはさむと、姫がまた、ずいっと廊下から身を乗り出した。

「何故? 久世様が仕官なさってそれなりの地位を手に入れれば、伊勢だって嬉しいはずよ」

「だから、何故伊勢が絡むのです」

「伊勢は強い殿方が好きなの。きっと久世様のこと、気になってるはず」

『うひ。はねっ返りも乙女な部分があったということかの』

 しゃしゃしゃ、と狐が妙な笑い声を上げる。その横で、安芸津は微妙な顔で重実を見た。

「ね、久世様も、伊勢のために身分を手に入れてくださいな」

 きらきらと言う姫に、重実は、ふぅ、と息をついた。

「生憎おれは、嫁取りに興味はありません。此度のことは、ただ面白そうだから乗っただけ。別に見返りも期待しておりませんよ」

『ただ諸国をぶらぶら巡るだけっつーのは退屈なのじゃ』

 重実の横について、狐も意見を述べる。姿勢を正して述べたところで、重実にしか聞こえないが。

「近く、また旅に出ます故、どうぞわたくしめのことはお忘れください」

「えっ、もう行ってしまわれるの?」

 まだ北山らを捕縛してから五日と経っていない。艶姫はもちろん、安芸津も驚いた顔をした。

「しかしそなた、傷がまだ……」

「大丈夫だって。まぁあと二、三日ほど厄介になりますが」

 軽く言う重実を階の上から黙って見ていた小野が、思い出したように腰を落として声を潜めた。

「そういえば、取り逃がした鳥居は、手傷を負ったのか?」

「……どうでしょう。私は北山に掛かり切りだったので」

 安芸津が首を捻る。重実は狐と顔を見合わせた。鳥居と剣を合わせたが、奴を斬った覚えはない。胸を裂いたが、身体まで届いたかどうか。

「一太刀も浴びせられなかったのであれば屈辱だな……」

 ぼそ、と重実が呟く。それに、狐が頷いた。

『常人であれば、一太刀も浴びせられないまま殺られた、ということだしのぅ』