「はぁ、まぁ」

『大丈夫でなかったら、ここにはおらぬわ』

 曖昧な重実の補足的に、狐が突っ込む。実際あの傷を常人が食らったら、今ここにはいないだろう。

「面倒事に巻き込んでしまってごめんなさい。でもあの凄腕の刺客とやり合って無事だということは、久世様、お強いのね。初めもほとんどお一人で戦われましたものね」

「おれは伊勢に加勢しただけだよ」

 ぺろっと言った重実に、安芸津が慌てて顔を向けた。姫君相手に、口の利き方に気をつけろと言いたいらしい。だが艶姫は気にする風もなく、きらきらとした目を向ける。

「そうそう、そのことなのだけど」

 艶姫が何かを言いかけたとき、板を踏む音がした。安芸津が畏まる。重実も一応頭を軽く下げた。

「小野様」

 艶姫が言い、手をつこうとするのを、その壮年の男が止めた。

「姫様、あなた様は姫君なのですから、そんなに私に畏まることはないのですよ」

 穏やかな声だ。これが、家老の小野か。

「でも少し前まで、小野様は雲の上の存在でしたので」

「あなた様は、今やその雲を飛び越えておいでです。堂々としておけばよろしいのですよ」

 ちらりと重実は視線を上げて小野を見た。それなりに歳は行っているが、大きな身体は衰えなど感じさせない立派さだ。おそらく武芸も納めている。立ち振る舞いに隙がない。

「そちが此度、いろいろと力になってくれた浪人か」

 かけられた言葉に、重実は少し首を傾げた。重実自身は、あまり力になった実感はない。

「そちのお陰で北山も捕縛できた。すでに奉行を通じて事の次第は上に上がってきておる」

「おそれながら、北山を捕らえたのは安芸津様で、それがしは何もしておりません」

 そういえば、北山を倒したのは重実が鳥居に斬られてからだったのだろうか。あのときは久しぶりに強い相手と対峙していたせいで、周りの状況など一切入ってこなかった。