「医者はすでに用意してある。奥の部屋へ」

 駕籠が降ろされるなり、ばたばたと慌ただしい足音が入り乱れる。ちょっと慌てて、重実は駕籠から転がるように出た。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。大丈夫だから」

「大丈夫なわけありますかっ! さ、戸板をこれへ」

 伊勢が怒鳴り、家人に指示して重実を運ぶための戸板を持ってこさせる。

「大袈裟だよ。ほんとに大丈夫だって」

 変に医者などに見られて致命傷だとか言われたら、後々ややこしい。重実は立ち上がって屋敷を見上げた。立派なお屋敷だ。

「久世殿、遠慮はいらん。無理をせず医者に診て貰え」

 安芸津が言う。どうやらここは安芸津の屋敷のようだ。

「そんならとりあえずは邪魔するが。湯を貰えればそれでいい。医者は勘弁してくれ」

「何を申すか。その傷、無理をすると死んでしまうぞ」

「おれは死なないから大丈夫なんだって」

 ひらひらと手を振り、きょとんとする安芸津に背を向けて、重実は屋敷に入った。血まみれの重実を見た家人が、青ざめて奥へ促す。

「さっ、ここに寝てください」

 用意された部屋に入るなり、伊勢が敷かれた布団をぱんぱん叩く。

「……積極的だなぁ」

「何言ってるんです! ご希望通り医者は遠慮して貰ったのですから、後は素直に言うことを聞きなさい」

 ぎらりと重実を睨みながら、伊勢は用意された湯に白布を浸した。伊勢が布を絞るのを待って、重実がにゅっと手を出す。

「……何です」

「自分でできるって」

「あなたという人はっ!」

 頑なに他人の手当てを拒む重実に業を煮やした伊勢が、再びぎっと重実を睨むと同時に足払いをかけた。

「うおっ!」

 まさかそんな攻撃をされるとは思っていなかったので、重実は派手に倒れた。腹に深手を負っている者に対する態度ではない。

「いてぇ!」

『ぎゃん!』

 重実と狐が悲鳴を上げる。伊勢はお構いなしに、倒れた重実を転がすと、乱暴に着物の合わせを押し広げた。