「いや、大丈夫だって」

『わーい、お言葉に甘えて』

 思い切り引く重実の横をすり抜け、狐がいそいそと駕籠に乗り込んだ。

『こりゃ楽ちんじゃ。お大尽にでもなった気分じゃのぅ』

 嬉しそうに、中で丸まる。

「おいこら、何してやがる」

 重実が狐を下ろそうと駕籠に頭を突っ込んだ途端、後ろからどかっと押された。

「暴れないでくださいよ。血で汚すわけにはいきませんので」

 見ると駕籠の中にはあらかじめ布が敷いてある。伊勢の上着のようだ。結構な出血量なので、どうしたって血はついてしまう。できるだけ駕籠の中を汚さないよう、伊勢が敷いておいたらしい。

『ふふ、あの女子、男勝りとばかり思っておったが、何気に気が利くではないか』

「だったらもうちょっと優しく乗せて欲しい」

 頭から駕籠に突っ込み、さらに押された直後に足を持ち上げられて押し込められたため、妙な体勢で転がりながら、重実が呻く。ちなみに駕籠は、重実を押し込んだ途端に宙に浮き、とっとと出立してしまっている。

「こんな体勢のほうが、腹の傷に悪そうだ」

『はらわたが捻じくれたって死なぬのだから、いいではないか』

「余計に苦痛が長引くじゃねーか」

『ま、あの女子の好意に甘えるのもよろしかろうよ』

 狐が、少し面白そうに言った。

「好意?」

『単なる助太刀の浪人のために、駕籠を用意してくれたのだぞ? 急いでおるのも、おぬしのためじゃろ』

 かなりの速度で走る駕籠の揺れは半端ない。妙な体勢も相まって、普通であれば死ぬのではなかろうかという状況だ。

『それだけ必死になっておるということじゃ。とにかく早く、おぬしの手当てを、ということしか頭にないのであろ』

「ありがたいやら、申し訳ないやら」

 重実は苦笑いした。死なないのだから、そんな急いでくれなくてもいいのだが。そんなことを話しているうちに、駕籠はある屋敷についた。